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2014年1月29日水曜日

「稲盛哲学」 は 「拝金社会主義中国」を変えることができるか?

(稲盛和夫氏の著作の中文簡体字版 amazonチャイナより)


「稲盛哲学」は「拝金社会主義・中国」を変えることができるか? こんな「問い」をしてみたくなった。

今週月曜日(2014年1月27日)のことだが、テレビ東京系列の『未来世紀ジパング』という番組で「驚きの"拝金主義"中国を変える!ニッポン式"こころの経営"」と題して、中国の経営者のあいだで「稲盛哲学」が熱狂的に受け入れられていることが、特集番組として放送されていたからだ。


稲盛和夫氏の「経営哲学」

「稲盛哲学」といっても哲学者の哲学ではない。京セラの創業者でJAL再建に大きな手腕を発揮した経営者・稲盛和夫氏の「経営哲学」のことである。

哲学というと西洋哲学のことを想起する人も多いだろうが、稲盛氏の経営哲学は「人間として何が正しいのかという一点で物事を判断する」というきわめてシンプルなものだ。道徳性や倫理性を重視したその哲学は、あえて西洋哲学のカテゴリーであれば、近代哲学よりもむしろ古代ギリシアの哲人たちの思索内容に近い。

むかし幸之助、いま稲盛さん、といった感じだろうか。江戸時代の近江商人の「三方よし」や石田梅岩の「石門心学」など「商人道」が説かれてきた日本だが、近代に入ってからも、日本資本主義の父であった渋沢栄一が『論語と算盤(そろばん)』を提唱して以来、倫理や道徳をベースにおいた経営道が追求されてきた。

ともすれば欲望に流されがちな人間を戒めるその経営哲学は、長期的に繁栄をつづけるための知恵といってもいいだろう。

『生き方』の中文簡体字版は100万部を超えるベストセラー)


その「稲盛哲学」が中国で大フィーバーだということは、日本でもベストセラーの稲盛氏の著書 『生き方』が中国では『活法』として翻訳され、なんと100万部を超えるベストセラーになっている(!)ことからうかがうことができる。

この本はすでに日本でも100万部を超えているのだが、稲盛氏の著作の中文版は総計350万部を超えるのだそうだ。まさに驚異的としかいいようがない。人口13億人の中国とはいえ、100万部は破格のベストセラーである。


「拝金社会主義中国」という病理

「改革開放」をすすめる社会主義中国が、「社会主義資本経済」に舵を切ったのは、鄧小平時代の1992年。天安門事件後の中国人の目を政治から経済に向けさせることを狙った政策であった。

その結果、多くの中国人カネ儲けに活路を見出したのであるが、ここらへんの事情は 書評 『拝金社会主義中国』(遠藤 誉、ちくま新書、2010)-ひたすらゼニに向かって驀進する欲望全開時代の中国人 で取り上げてある。「向前看」(カンチェンカン)時代にひたすら前進することをたたき込まれた中国人は、「向銭看」(カンチェンカン)の合言葉のもと、ひたすらゼニに向かって驀進してきたのである。

しかし、経済発展は成功したものの、政治的閉塞感の代償として社会全体に「拝金主義」が蔓延して、中国社会には大きなひずみが生じていることは周知のとおりである。「唯物主義」を原理原則としてきた社会主義中国である。「拝金主義」は無神論を根幹にすえた「唯物主義」が生みだした「鬼子」の最たるものといえるだろう。

貧富の格差が拡大し、精神的にもストレスが増大し、心のなかには空虚感が拡がっている。この状況は日本の「高度成長時代」の比ではない、あまりにもひどい環境汚染や偽装食品なども、問題の根っこには「拝金主義」にあるのだ。

そんな状況だからこそ、いま中国の経営者のあいだで「心の哲学」を説いた「稲盛哲学」が大フィーバーになっているというわけだ。

あまりにもひどい状況なので、正直をベースにした商売が逆に目立つのである。日本に限らず中国でも、正直をベースにした王道の経営が顧客の大きな信頼を獲得するのである。そしてその結果、ビジネスも順調にいくというわけなのだ。ようやく中国人も目覚めてきたということだろうか。

「目先の利益にとらわれない「利他」の精神にもとづいた企業経営」が大事だという認識が広がりつつあるわけなのだ。理念経営である。

「“吾等定此血盟不为私利私欲,但求团结一致,为社会、为世人成就事业。特此聚合诸位同志,血印为誓。”」(稲盛和夫)

私利私欲を排し、世のため人のためになる仕事をすること、きわめてシンプルだが力強いコトバである。

(心の経営 Soul Management)



「個人主義」社会中国で会社に求心力をもたせることは可能か

「宗族」(そうぞく)を社会構成の基本原理とする中国人は、自分と家族と宗族(=一族)以外はいっさい関心がない。西洋型とは異なるが「個人主義」が社会の根本にある。

そんな個人主義社会で、従業員を「家族」として扱う「稲盛哲学」が受け入れられているのを見ると、なんだか不思議な感覚を覚える。人間関係を中心に動くことは日本人と同じだが、中国人のロイヤルティは基本的に会社には向かないのである。つまり会社への所属意識はないということだ。その点でドライである。

「経営家族主義」というのは、「昭和時代」に生まれ育ってその「空気」を知っているわたしのような日本人にはかならずしも奇異には映らないが、平成生まれの日本人や、中国人にとっては信じられないものかもしれない。

しかし、『未来世紀ジパング』でも紹介されていたように、成都の不動産会社の従業員大集会は実際に開催されたものであり、熱狂的な稲盛ファンが増殖中であることも否定できない事実なのだ。アイドルのコンサートのようだというコメントも可能だが、なんだか「文化大革命」時代の紅衛兵の大集会を想起させるものもある。


(「稲迷」とは稲盛ファンの意味。不動産会社の大集会 番組サイトより)

番組で取り上げられていたのは、不動産業やエステ・チェーンといったサービス業のオーナー企業であった。顧客との直接の接点が多い、こういった業種から中国企業が変わっていくのだろう。顧客からのレスポンスがダイレクトなだけに、いったん好循環が形成されれば、さらにクチコミで評判が拡がっていくことが期待されるわけだ。

「稲盛哲学」は「拝金社会主義中国」を変えることができるか? という問いを立てた。

もちろん中国企業から中国社会を変えていくことに期待されるが、日本でもそうであるように「稲盛哲学」は中堅中小企業を中心とするオーナー企業に限定されるのではないかと考えられる。

中国には国有企業というきわめて強固な岩盤が存在する以上、意識変革はそう簡単にいくものではないだろう。また、かつて中国で広く学ばれた松下幸之助流の日本型経営は、グローバル経営のもとアメリカ流の資本主義経営に取って変わられていることも事実である。

だが、変化というものは、「域値」を超えると爆発的になる。「稲盛哲学」が「拝金主義に染まった中国企業」を変えていけば、中国社会を変えることにもつながる可能性はある。大いに期待したいものである。

グローバル化は海外から国内に押し寄せてくる津波のように感じている日本人が多いと思うが、「稲盛哲学」のように日本から海外に拡がっていくのもまたグローバル化だということを知るべきであろう。「鑑真は日本に漢文を教え、稲盛は中国に哲学を教える」というコトバが成都の不動産会社の大集会の垂れ幕にあった。

日中関係が悪化しようがしましが、それとこれとは関係ないということ。よいものはよいよいものは受け入れるという中国人の姿勢は、ある意味ではプラグマティズムそのものだ。おおいに結構なことではないか!


なぜ中文版の『活法』は日本語版よりも売れているのか?

ビジネス関係のブログであれば以上で終わりにしても良かったかもしれない。あるいはまた、京セラで実践されてきた「アメーバ経営」についても触れておいたほうがよかったかもしれない。

だが、こちらのブログは、「"思索するビジネスマン" が惜しみなく披露する「引き出し」の数々。ビジネスを広い文脈のなかに位置づけて、重層的かつ複眼的に考える」といううたい文句を標榜している。より広い側面から「稲盛哲学」について考えてみたい。

なぜ「稲盛哲学」が中国で熱狂的に受け入れられているのか?

このテーマを考えるには「稲盛哲学」が「経営哲学」に収まりきらないものをもっていることに触れておかねばならない。

(わたしが購入して読んだ2013年6月発行の第88刷)

稲盛和夫氏の『生き方-人間として一番大切なこと-』(サンマーク出版、2004)を読んだ方は納得していただけると思うが、稲盛哲学は道徳性や倫理性のきわめてつよい「経営哲学」であるだけでなく、宗教的というかスピリチュアルな印象のつよい「心の哲学」である。「魂の哲学」と言ってもいいだろう。

稲盛氏じしんが「魂を磨くいていくことが、この世を生きる意味」だと説いておられる。ちなみに中文では「人生的意义在于修炼灵魂」となっており、「魂」の文字がそのままつかわれている。

稲盛氏の私塾である「盛和塾」の塾生である中小企業の経営者たちにむけた『経営者とは』(日経トップリーダー編、2013)のなかで、稲盛氏は孫引きではあるが哲学者・井筒俊彦の発言を読んで大いに感じるものがあったと語っている。イスラーム哲学の研究者として世界的権威であった井筒俊彦だが、みずからをプラトニストと規定していた「魂の哲学」を追求した人 でもあった。

日本でも刊行以来10年で100万部を突破している『生き方』は、企業経営者のワクを超えて一般人にも読まれている。その理由は有限の人生のなかで自分が「存在」する意味と何をなすべきかについて、実践活動をつうじた思索をわかりやすいコトバで語っているからだろう。

『生き方』はあくまでも日本人向けに書かれた本なので、登場する事例や歴史上の人物もみな日本人である。

だが、中文版の『活法』はオリジナルの『生き方』より先に100万部を突破しているのである。中国の読者に熱狂的に受け入れられているのは、日本人読者が感じる以上のものがそこにあるからはないだろうか。


■中国人の「精神的空虚」と「精神的飢餓」状態

昨年(2013年)10月にNHKで放送された2つの特集番組が、その理由の一端を与えてくれると思う。

NHKスペシャル 中国激動 "さまよえる"人民のこころ (2013年10月13日放送)と 中国で拡大するキリスト教 (NHKワールドWAVEまるごと 2013年10月21日)である。

番組紹介文の一部をここに掲載しておこう。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

NHKスペシャル 中国激動 "さまよえる"人民のこころ (2013年10月13日放送)

経済的な成功に代わる新たな“心のより所”を模索し始めた中国の人々の内面に迫る。
今、人々の間で急速に求心力が高まっているのが、2500年の伝統を誇る中国生まれの“儒教”だ。「他人を思いやる」、「利得にとらわれない」ことを重要視する儒教にこそ、中国人の心の原点があるとして、儒教学校の設立や、儒教の教えを経営方針に掲げる企業が続出。現代風にアレンジした新興グループまで登場し、中国全土に儒教ブームが広がろうとしている。国も、かつては弾圧の対象でもあった儒教を認め、支援することで人々の心を掌握しようとしている。拝金主義の夢から覚め、「心の平安」を求める人々――。次なる時代へと向かおうとする中国の姿

中国で拡大するキリスト教 (NHKワールドWAVEまるごと 2013年10月21日)

高尾 「習近平体制発足から1年。これまでのような高い経済成長が難しくなる中、中国は今、“宗教”という新たな課題に向き合わざるをえなくなっています」。 黒木 「物質的に豊かになる一方で、激しい競争社会に疲れ、宗教に心のよりどころを求める人々が増えています。最も信者を増やしているのが、キリスト教です。中国には、以前から政府の管理下にある公認の教会がありましたが、今、急増しているのは、政府の公認を受けない"家庭教会" と呼ばれる教会です。現地で取材しました」 (参考) YouTubeに動画あり(いつ削除されるかわからない)。


プライドが高いがゆえに傷つきやすく脆弱な性格をもっていることも指摘される中国人が、欧米や日本という先進国に対する精神的劣等感の裏返しとして「反日」に走るのは、捌け口を外部に求めたものである。だが、それ以上に拡がっている精神的飢餓状況にこそ注目しなければならない。

アメリカ型の弱肉強食の競争社会のなかでストレスをため、心が折れそうになっている中国人は、いったいなにを心の支えとしたらよいのか。その答えが儒教回帰であり、キリスト教への入信ということなのだろう。

民衆支配の学としての儒教が社会の安定を上から行うものであるとすれば、個人の精神的安定を下からもたらすものは基督教(=キリスト教)であるといってよい。

儒教が中国で生まれた伝統的な教えであるとすれば、キリスト教はアメリカ映画などで親しんできた都会的で近代的なイメージをもった宗教であるともいえる。

儒教があくまでも「集団のなかの個」の生き方であるのに対し、キリスト教、なかでもプロテスタントは「個」そのものの生き方を問うものである。

(NHKの番組ウェブサイトより)

とくに注目すべきは、形式性を重視し「外面」の行動を規制する儒教よりも、「内面」をより重視するキリスト教が拡っている事実である。「精神的飢餓」状態はスピリチュアルな飢餓状態と言い換えていいかもしれない。

現実政治ではチベットを弾圧している中国だが、一般民衆のなかにはチベット仏教(・・いわゆるラマ教)を含め大乗仏教に熱心に帰依する者も少なくない。もともと現世志向のきわめてつよい中国人であるが、仏教の場合は日本と同様に現世利益を求めてのものも少なくないだろう。

とくに都市部ではキリスト教が精神的飢餓状態を癒してくれるのであろう。そのなかでもプロテスタント系のキリスト教が急速に勢力を伸ばしているようだ。そもそも戦前からアメリカのプロテスタント教会にとって、アジアにおける主要な宣教は中国を対象としたものであった。「英語・アメリカ・キリスト教」である。

現世に不満を抱く民衆が新興宗教によって一大勢力となり、ときの政権を大きく揺るがすのは、白蓮教徒や義和団さらには20世紀後半の法輪功など中国史には断続的に出現する現象だが、19世紀の「太平天国」がキリスト教系の新興宗教であったことは想起しておいたほうがいいかもしれない。


「稲盛哲学」は中国人の精神的飢餓に応えている?

「稲盛哲学」の流行も、中国人が精神的飢餓状態にあるという文脈のなかで捉える必要もありそうだ。

さきにも触れたように、稲盛氏の「魂の哲学」は、けっして奇をてらったものではない。人としてあたりまえのことをあたりまえにおこなうべきだという内容である。儒教や仏教など伝統的な教えをベースに、実践のなかで考え抜かれた思索をまとめあげたものである。

ある意味では稲盛氏自身も引用している江戸時代中期の「石門心学」の提唱者・石田梅岩の平成版といっていいかもしれない。石門心学は儒教・仏教・道教の三教を総合した、商人を中心とした一般庶民向けの実践倫理思想である。

「稲盛哲学」の儒教的な根底には、西郷隆盛の「精神」と福澤諭吉の「実学」がある。この二人は互いにリスペクトしあっていたといわれるが、その根底には日本的に解釈された朱子学と陽明学がある。

儒教が復活しつつある中国で「稲盛哲学」が受け入れやすいのは、ある意味では当然なことなのだろう。稲盛氏の教えは中国にとっては「外来」のものでありながら、もともとの思想が中国で生まれたものであるという点において「外来」ではないからだ。

稲盛氏自身もよく引き合いに出す西郷隆盛のキャッチフレーズ「敬天愛人」は、いっけん儒教の文言のように見えるが、じつは『自助論』で有名な中村正直が、キリスト教思想を参考にしながら「敬天」と「愛人」の二つを合成してつくった造語らしい。儒者として身を立てた旧幕臣の中村正直は、英国留学を経てキリスト教徒となった啓蒙主義者である。

日本でも明治時代にキリスト教を受け入れたのが、「維新の負け組」となった旧武士階級が多かったことを考えると、いま中国で「拝金主義社会」のなかでストレスをためて心が折れそうになっている中国人が、心のよりどころをキリスト教に求めているのは不思議ではない。

しかも、もともと儒教が社会の根底にある中国や韓国にキリスト教を受容する土壌があることから考えると、「敬天愛人」というフレーズは、儒教でもキリスト教でも受け入れやすいということになる。

企業単位での学びと個人単位での学びをつうじて、「稲盛哲学」が草の根レベルで下から中国人のあいだに浸透していくならば、中国にとっても日本にとっても良いことだ。「日中友好」というフレーズは好きではないが、ビジネスマンであるわたしは、お互いにいがみ合うのは無意味であると考えるからだ。


経営を担うのは人。真の人間理解なくして経営はわからない

とかく日本でもインテリは、宗教的であるとして「稲盛哲学」を敬遠しがちの傾向があるが、なぜ「稲盛哲学」が日本だけでなく中国でも受け入れられているか、考えてみる必要があるのではないだろうか。

またそういう理解があってこそ、キリスト教圏やイスラーム圏、ユダヤ教世界や仏教世界におけるマネジメントの意味について類推して考えることができるはずだ。宗教の理解は絶対に必要である。

マネジメントとは、「人をつうじて事を成就する術」(the art of "getting things done through people")と定義したのは、ドラッカーの先行者であるアメリカの実践思想家メアリー・パーカー・フォレットである。

この定義をわたし的に深読みすれば、経営は人間と切り離せないということだけでなく、人間を人間たらしめている魂とは切っても切り離せないものであることまでつながっていく。マネジメントは人間哲学であるのはもちろん、ひいては「魂の哲学」にもつながるものがあるのだ。

マネジメント概念の生みの親ドラッカーは、『論語と算盤』を書いた渋沢栄一をきわめて高く評価していた。『マネジメント』で取り上げて論じている。

稲盛和夫の「稲盛哲学」はもまた、食わず嫌いしないほうがいい。できれば本を読むだけでなく、その謦咳に触れてみることも必要だろう。わたしも一度だけだが講演会で稲盛和夫氏の話を聞いたことがある。

かぶりつきの最前列の席で拝聴したのだが、話の内容はさておき、その腰の低さに驚いたことがつよく印象に残っている。まさに「実るほどこうべを垂れる稲穂かな」そのものであった。






<関連サイト>

『活法』(稻盛和夫(作者)、曹岫云(译者)、东方出版社 第1版 2012)     
・・『生き方』の中文簡体字版。amazon.co.cn(アマゾン・チャイナ)

戦後初の閣僚級会議で「新章」に入った中台関係-結末は悲劇か、ハッピーエンドか (福島香織、日経ビジネスオンライン 2014年2月19日)
・・「台湾アイデンティティーは、日本統治時代に高等教育を受けた李登輝世代のエリートたちが国民党に抵抗する民主化運動の過程で確立された部分が大きく、その根幹には「日本精神(リップチェンシン)と呼ばれる日本的倫理観や精神的価値観(清潔、公正、勤勉、責任感、正直、規律遵守など)が刷り込まれている」  「稲盛哲学」もまた「日本精神」そのものだろう。はたして大陸中国は台湾のように「日本」化できるのかどうか?

いま中国企業で何が? ~日本式経営学ブームの陰で~(NHKクローズアップ現代、2014年7月21日放送)
・・「京セラ名誉会長の稲盛和夫氏。その経営哲学に一部の中国企業家たちが熱烈な関心を寄せているのだ。背景にあるのは、中国経済の「変調」。成長に陰りがみえる中、かつて成功の方程式だった“もうけるには手段を選ばず”というやり方に限界を感じ、儒学にも通じる稲盛流の思想に経営のヒントを見つけ出そうと懸命の模索を始めている」(番組案内から)。 動画あり

中国期限切れ食肉事件と「稲盛和夫人気」はコインの裏と表 アリババのジャック・マー氏も尊敬するその理由 (日経ビジネスオンライン、2014年7月24日)
・・「腐敗がはびこり、社会が良くなったという実感がない。だからこそ稲盛氏が説く利他の教えに多くの人が共感する」

"新・経営の神様" 稲盛和夫が明かす「日本企業、大復活のカギ」 日本を「幸せに導く」方法とは(現代ビジネス、2016年8月24日)


神秘宗教の台頭は王朝末期の印?-マヤ暦の世界終末の日に花束を売る女の子 (福島香織、日経ビジンスオンライン、2012年12月27日)

中国でなぜ「カルト」がはびこるのか-「5.28山東省マクドナルドの惨劇」の裏側  (福島香織、日経ビジンスオンライン、2014年6月4日)
・・「土地が広い、自然が厳しい、人口が多い、不条理に虐げられる貧しい人々が奇跡の救いを求めている…。いろいろ理由はあろうが、中国ほど民間に広がった神秘宗教が反体制結社化し大衆運動を起こして、王朝が倒れるトリガーの役割を果たす歴史を繰り返した国があるだろうか。太平道、白蓮教、羅教、太平天国…。近代は宗教の流を組む秘密結社が革命を推進した。こうなると、時代の変わり目に反体制的宗教結社が登場するというのは中国のお国柄としか思えない」

中国、2030年には「世界最大のキリスト教国」に? (ハフィントンポスト、2014年4月25日)
・・「パデュー大学で社会学を研究するフェンガン・ヤン(楊鳳岡)教授は、中国のキリスト教信者数は将来アメリカを抜き、世界最大のキリスト教人口を抱える国になると推測している。・・(中略)・・中国のキリスト教人口は、2025年までに1億6000万人、2030年までには2億4700万人に拡大し、アメリカを抜いて世界最多のキリスト教徒を抱える国になると予測」

2030年には中国が世界最大のクリスチャン国に (クリスチャン・トゥディ、2014年4月24日)
・・「楊教授は「潜在的な脅威」を指摘。当局がキリスト教を抑圧しようとして、今後「より強烈な」闘争に入る可能性を懸念。「教会をコントロールしようとする政府関係者たちがいて、最後の試みをしている」と語る」

中国政府、キリスト教会への迫害を開始? 温州市の三江教会が取り壊される (クリスチャン・トゥディ、2014年4月29日)

温州三江教会強制撤去事件の真相-宗教台頭が王朝交代招く歴史は繰り返すか (福島香織、日経ビジネスオンライン、2014年5月20日)
・・「近年の中国でキリスト教の弾圧が激化していると聞く。その象徴的な事件が、4月の浙江省温州市での三江教会の強制撤去事件だった・・(中略)・・キリスト教徒の数は2012年末当時で全国1億人以上という推計もあり、共産党員8500万人を上回る勢力・・(中略)・・実際、中国の地方都市・農村を旅すると、確かにキリスト教徒が多いと実感する。貧困地域や環境汚染のひどいところほど、熱心な信者が集っている・・(中略)・・公認非公認含めた中国のキリスト教は、この10年余りほどで、こういった中国の体制の矛盾に苦しむ人たちの心をとらえて急拡大

香港の民主化運動の底流にあるキリスト教価値観 (ウォールストリートジャーナル日本版、NED LEVIN、2014年10月3日)
・・香港に根を下ろしているカトリックと増加中のプロテスタント。9月末からつづく学生主体の抗議運動の背景を理解するための重要な内容の記事

Religion in China  Cracks in the atheist edifice The rapid spread of Christianity is forcing an official rethink on religion (The Economist, Nov 1st 2014 | WENZHOU | From the print edition)
・・温州は中国のエルサレムと呼ばれているほど中国におけるキリスト教の中心地となっている。Yang Fenggang of Purdue University, in Indiana, says the Christian church in China has grown by an average of 10% a year since 1980. He reckons that on current trends there will be 250m Christians by around 2030, making China’s Christian population the largest in the world. Mr Yang says this speed of growth is similar to that seen in fourth-century Rome just before the conversion of Constantine, which paved the way for Christianity to become the religion of his empire.(・・中国におけるキリスト教信者の増加は4世紀のローマにも匹敵する

「中国はよくなっている!」  信号待ちで思わず涙した私(中島 恵、日経ビジネスオンライン、2015年3月20日)
・・上海の一部だが交通法規など社会ルールを守る中国人が生まれて生きていることに社会変化(or 狂乱の経済成長鈍化?)の兆候をみる


なぜ今大学で「稲盛和夫」を学ぶのか?(ダイヤモンドオンライン、2016年2月16日)
・・「京セラ名誉会長・稲盛和夫氏。世界的にも著名な現役経営者である稲盛和夫氏の経営哲学についての多様な分野での学術研究を推進し、あわせて教育プログラムを開発する「稲盛経営哲学研究センター」が、昨年(2015年)立命館大学に創設された」

中国人経営者が日本の経営者に心惹かれる意外な理由 (中島恵、WEDGE、2017年11月24日)


(2014年7月24日、10月31日、2015年3月20日、2016年2月17日、8月27日、2017年11月24日 最新情報追加)


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「如水会講演会 元一橋大学学長 「上原専禄先生の死生観」(若松英輔氏)」を聴いてきた(2013年7月11日)

書評 『ユダヤ人エグゼクティブ「魂の朝礼」-たった5分で生き方が変わる!-』(アラン・ルーリー、峯村利哉訳、徳間書店、2010)
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中国とキリスト教の関係、儒教とキリスト教の親和性

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「中国と朝鮮では、朱子学が村落レベルまで浸透しました。朱子学の発想には二元論的発想がととのえられています。だから、中国と朝鮮のキリスト教化のために、朱子学が論理的地ならしをしたと、皮肉ることもできます(泉靖一)」

書評 『聖書を読んだサムライたち-もうひとつの幕末維新史-』(守部喜雄、いのちのことば社、2010)-精神のよりどころを求めていた旧武士階級にとってキリスト教は「干天の慈雨」であった
・・儒教倫理によって涵養され、しかも明治維新によって「負け組」となった旧武士階級は、精神的飢餓感を癒すためキリスト教に飛びついた者が少なくない

書評 『韓国とキリスト教-いかにして "国家的宗教" になりえたか-』(浅見雅一・安廷苑、中公新書、2012)- なぜ韓国はキリスト教国となったのか? なぜいま韓国でカトリックが増加中なのか?
・・現世利益のプロテスタントでは精神的飢餓感を癒されない韓国人がカトリックに改宗


価値観と経営

書評 『7大企業を動かす宗教哲学-名経営者、戦略の源-』(島田裕巳、角川ONEテーマ21、2013)-宗教や倫理が事業発展の原動力であった戦前派経営者たちの原点とは?
・・内容的には物足りないが参考にはなろう。ただし、稲盛和夫氏はなぜか取り上げられていない

『論語と算盤』(渋沢栄一、角川ソフィア文庫、2008 初版単行本 1916)は、タイトルに引きずられずに虚心坦懐に読んでみよう!

松下幸之助の 「理念経営」 の原点- 「使命」を知った日のこと

書評 『戦前のラジオ放送と松下幸之助-宗教系ラジオ知識人と日本の実業思想を繫ぐもの-』(坂本慎一、PHP研究所、2011)-仏教系ラジオ知識人の「声の思想」が松下幸之助を形成した!


(2014年5月21日、8月19日、2016年8月27日 情報追加)



PS この記事の執筆後、「アメーバ経営」について姉妹編のビジネスブログに記事を書いたのでご参照いただけると幸いである。

書評 『全員で稼ぐ組織-JALを再生させた「アメーバ経営」の教科書-』(森田直行、日経BP、2014)-世界に広がり始めた「日本発の経営管理システム」を仕組みを確立した本人が解説

経営哲学と仕組みの両輪がかけ算となっている「アメーバ経営」という経営管理システム。同書によれば、これまで中国企業を成功に導いてきた成果主義が機能不全に陥り、「アメーバ経営」を導入する企業が増えつつあることについても一章を割いて書かれている。

このブログ記事では、個々の中国人の精神的危機について多く触れたが、健全な精神の持ち主である企業経営者に稲盛哲学が広がり、アメーバ経営が導入されていくことは、広い意味での「戦争抑止」につながるのではないかと期待したい。

(2014年6月12日 記す)







(2012年7月3日発売の拙著です)





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2014年1月27日月曜日

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面


昨年2013年12月23日、自動小銃AK47の発明者カラシニコフが死去したというニュースが流れた。カラシニコフとは世界でもっとも有名な自動小銃 AK47 の開発者の名前である。人名が製品名となった事例でもある。

自動小銃のカラシニコフが人の名前であることを知らなかった人もいるかもしれない。社会主義イコール集団主義と思い込んでいるからだろう。戦闘機スホーイや大型輸送機アントノフなど、ソ連時代に開発された兵器には開発者の個人名がついている。じつはソ連は突出した個人を優遇したエリート主義の国でもあったのだ。

カラシニコフというと、いまから十数年前、すでにソ連崩壊後のことだが、ロシア関連の仕事をしたとき、一緒に仕事をしていたカラシニコフという名前のロシア人男性に聞いたことがある。

わたし:「あのカラシニコフか?」
カラシニコフ氏:「そうだ。だが親族ではない」

まあ、そんなことも思い出したニュースであった。

カラシニコフについて簡単に入手できる関連書を紹介しておこう。

●『カラシニコフ自伝-世界一有名な銃を創った男-』(エレナ・ジョリー聞き書き、山本和子訳、朝日新書、2008)
『カラシニコフ Ⅰ・Ⅱ』(松本仁一、朝日文庫、2008 単行本初版 2004/2006)

前者は、ミハイル・カラシニコフ(1919~2013)の娘と親しい女性ジャーナリストが聞き出したロングインタビューの記録。フランスで2004年に出版されたもの。ソ連史そのもののような開発者の人生と開発品について自らが語った貴重なドキュメント。価値判断抜きで、開発ストーリーと開発者のライフストーリーを楽しめる本だ。

後者は朝日新聞の中東アフリカ担当で現地経験も長い記者が新聞連載をまとめたもの。Ⅰではアフリカのテロと紛争におけるカラシニコフがテーマ。カラシニコフ氏へのインタビューも収録されている。Ⅱでは麻薬と武器がからむコロンビアと(中国の人民解放軍系の武器メーカーの関与) アフガニスタンとイラクという大英帝国の負の遺産である「人工国家」がテーマとなる。

この3冊を読めば、カラシニコフ氏が開発した自動小銃がいかなる経緯を経て完成したか、そして開発者の預かり知らぬところで拡散し、問題を起こしていることを知ることができる。

まずはカラシニコフ氏による「開発」そのものについて簡単にみておこう。


カラシニコフ氏による「開発」とは?

カラシニコフという自動小銃は、それをつかう人にとっては「ユーザーフレンドリー」なマシンだといえる。

殺傷兵器をユーザーフレンドリーとは不謹慎ではないか(!)とお叱りを受けそうだが、価値判断を棚に置いて技術という側面から見れば、自動小銃としてのカラシニコフが個人能力を拡張したマシン(機械)であるということは否定できない

その点においてはパーソナルコンピュータ(PC)というマシン(機械)と共通しているのである。Ak47 が文字通りの「武器」であるなら、PCは比喩的な意味で「武器」であった。

機械いじりが大好きで、ピストルを分解して目覚めてしまったカラシニコフという「ソ連人」は、独ソ戦の最中に自動小銃の開発の没頭し、第二次大戦後の1947年に完成した自動小銃はソ連軍の正式銃器として採用され量産体制が開始されることになる。

AK47の「47」とは1947の略称。AKとはロシア語で「アフタマート・カラーシニコヴァ」(ローマ字表記で Avtomat Kalashnikova)の頭文字をとった略称である。英語でいえば、Automatic Kalashnikov 47 となろう。



カラシニコフはそれまで存在した銃器を敵軍のドイツのものもふくめて徹底的に研究し、「使い勝手の良さ」を追求する設計思想のもと最終的にAK47に到達する。

だから、まったくあたらしいコンセプトによる「発明」ではない。だが、徹底的に改良につぐ改良を加えた末に到達した「開発」ということはできるだろう。

マシンガンは、使用後は分解して掃除することがメンテナンスのために不可欠だが、部品点数を徹底的に絞り込むことによって使用者の負担を減らした。これはモジュール化にもつながる発想だ。

もっとも重要なポイントは、どんな過酷な状況でも簡単に故障しないことにある。このためにカラシニコフが採用したのは、それまでの常識であった精密性の真逆の発想であった。『カラシニコフⅠ・Ⅱ』の著者・松本仁一氏の表現を借りれば「スカスカ設計」である。ゴミが入らないように密閉性を追求してきた発想ではなく、部品と部品のあいだに空間をおくことでゴミが入っても作動するようにした。これがイノベーションととなったのである。

若き日のカラシニコフ氏は、スターリン時代にシベリアに強制移住させられた家族としての過酷な人生を生き抜いた人だ。天職としてつかんだ銃器設計も、至れり尽くせりの環境のなかで行われたわけではない。この点もまた、ガレージから生みだされたジョブズとウォズニアックのアップル誕生物語を想起させるものがある。日本の本田宗一郎もまた同類のエンジニアであったといえるだろう。

両者に共通するのは、人間の個人能力を拡張するマシン開発のビジョンと不屈の情熱

カラシニコフはドイツとの戦いを、ジョブスたちは巨人IBM との戦いをミッション(使命)として開発の没頭していた。1940年代のソ連のシベリアと1970年代のアメリカのカリフォルニアが交差するが、本質においては同じなのだ。まさにエンジニア魂ここにあり!



『カラシニコフ自伝』はフランスの女性ジャーナリストによる聞き書きの「自伝」だが、たまたまカラシニコフ氏の娘と親しい関係にあったから実現したのだという。原著のタイトルは Ma Vie en Rafales(ライフル人生)。ピアフのシャンソン La Vie en Rose(バラ色の人生)にかけたものか。

カラシニコフ氏の人生は、まさに「生きたソ連史」そのもののような人生である。「ロシア革命」後の混乱、「富農」のレッテルを張られてのシベリア送り、スターリンによる大粛清、独ソ戦で負傷。

AK47開発の歴史は失敗に次ぐ失敗であったこと、それでもあきらめずにすいに栄冠を勝ち取り、開発の功績により「労働英雄」になる。

武器開発者であるため、ロシア中部ウドムルト共和国イジェフスク市という「閉鎖都市」での人生であった。経済的には大成功とというものではないが、ソ連のなかでは恵まれた生活を保障されていたわけであり、なによりも開発者としての名誉に包まれたものであった。だが、ほんとうのことはクチにはできなかった。ソ連崩壊後に行われた著者によるインタビューは、その思いを吐露する機会になったようである。

インタビューが行われた2004年時点で84歳であったカラシニコフ氏は、みずから開発したAK47を誇りこそすれ悔いはいっさいないようである。みずからの預かり知らぬところで「拡散」したAK47だが、もちろん武器である以上、功罪がつきまとうのは当然だ。銃器もまた「諸刃の剣」という本質は同じである。

「ユーザーフレンドリー」のカラシニコフの功罪の「罪」の最たるものは、子どもでも操作が容易で簡単に故障しないということに起因している。この点については『カラシニコフⅠ・Ⅱ』を読む必要がある。


自動小銃としてのカラシニコフの「拡散」がもたらしたもの

カラシニコフことAK47は、1947年にソ連軍に正式採用されてからすでに67年もたっているのにかかわらず、現在にいたるまでもっとも人気が高い自動小銃である。

スミソニアン博物館の銃器の歴史の専門家エゼルは「銃器の分野において、ソ連で偉大な発明fが生まれた。カラシニコフの銃は、おそらく2025年、ひいてはそれを超えるまで使われるだろう」と述べているそうだ。

ではなぜカラシニコフが世界中に拡散したのか?

カラシニコフ拡散は核拡散に比すことができると『カラシニコフ』の著者・松本仁一氏は指摘している。たしかに自動小銃の拡散は大量破壊兵器の拡散に比すことができるものだ。

だが、わたしは先にみてきたようにパーソナルコンピューター(PC)以降の情報技術(IT)のアナロジーで考えたほうが、カラシニコフが世界中に拡散した理由を理解しやすいのではないかと思う。

操作の容易さ、故障しない(上記に共通)はすでに確認したが、「拡散」の原因となったのはソ連がそのメインプレーヤーであった「冷戦構造」にある。

操作が簡単で過酷な状況でも簡単に故障しないからこそ、カラシニコフことAK47は世界中に拡散してしまったのである。もともとはソ連軍の武器だったのだが、冷戦構造のなかソ連の衛星国に「フリーライセンス」で製造技術が無償供与され、しかもその後は「違法コピー」によって「海賊版」が製造され、密輸によってとして拡散していったのである。


武器を使うものと武器を買うものはかならずしもイコールではない。武器を買うのは、使用者よりも使用させたいものである。

紛争当事国においてカラシニコフが拡散したのは、それを使わせたい勢力が存在するからだ。そしてそういった存在が消えることがない。まことにもって残念なことである。



開発者の思惑とは関係なく世界中に拡散してしまったカラシニコフことAK47。その結果、ソ連の援助を受けた紛争当事国では、紛争をエスカレートさせる大きな原因となってしまっている。


アフリカとアジアにおける「失敗国家」は植民地帝国の「負の遺産」

中東・アフリカをカバーする特派員として現地体験と現地取材の豊富な松本氏は、『カラシニコフ Ⅰ』では、「失敗国家」の典型であるソマリアとシエラレオネアパルトヘイト撤廃後に治安が悪化した南アフリカを取材というフィールドワークによってくわしく取り上げている。

独立はしたものの、結局は近代国家が成立せずに失敗した「失敗国家」(failed state)は「崩壊国家」(collapsed state)ともいう。

ソマリアというと現在では海賊の代名詞のようになっているが、ソマリアもまた英仏伊によって分割統治され、独立後の国家形成に失敗した「失敗国家」だ。

ソマリアの領土内でにあるが、国際的には未承認の「ソマリランド」では治安が回復し、「事実上の国家」(de facto state)として機能している。その理由は、部族の長老の説得に成功し「国家」が武器を回収し武力の一元管理が成功したことにある。

松本氏は触れていないが、ソ連崩壊後のロシアにおいても、国家警察機能が機能不全になっていたためにマフィアが治安維持機能を代行していた。武力の一元的コントロールは、「近代国家」の重要な機能である。

武力の一元管理ができないのは国家ではない。逆にいうと、武力を一元管理できた主体が国家として機能するのである。そういった原理的な思考を促してくれるのが、このすぐれたノンフィクションの功績だろう。

「治安と教育」こそ国家の「失敗度」をはかるカギ、ポイントは「兵士と教師の給料をきちんと払えているかどうか」にあるという指摘はきわめて重要だ。

わたしなら、「治安」とはいま現時点の安心感をもたらすための費用(コスト)「教育」とは長期的な安定をもたらすための投資(インベストメント)、と言い換えておこう。

「治安」の確保なくして「教育投資」は有効に機能しない。「失敗国家」を防ぐためには、まずは治安確保がなによりも重要なのである。


アメリカとソ連、大英帝国、そして中国というプレイヤー

『カラシニコフ Ⅱ』では、大英帝国の「負の遺産」であるアフガニスタンとイラクが取り上げられている。

AK47を「密造」するアフガニスタンに隣接するパキスタン国内のパシュトゥン族の村のルポが興味深い。すでに普及してデファクト化しているという理由でAK47の使用を現地軍に認めるアフガン駐留米軍。本来なら本国の兵器産業のビジネスチャンスを側面支援すべき軍隊がそのような方向性を打つ出している点が面白い。

イラクもそうだが、アフガニスタンもまた大英帝国の「負の遺産」である。互いに関係のない諸民族を一つの国のなかに組み込んで独立させた「人工国家」は、大英帝国の統治方針であった「分割して統治せよ」(Divide and Rule)の「負の遺産」である。マレーシアやミャンマーも例外ではない。

中米のコロンビアで麻薬と武器がからむ取引がまず取り上げられている。

カラシニコフの模造品がアメリカから密輸されているが、その資金源は麻薬取引にあること。そしてカラシニコフの模造品はノリンコ製品だという。

改造ライフルを製造するノリンコ(Norinco)とは、中国の人民解放軍系の武器メーカー、北方工業公司(North Industries Corporation)のことだ。中国共産党もコントロールできない闇がそこにある。

ソ連とアメリカ、大英帝国だけでなく、中国というプレイヤーの存在についても無視できないことは、近年のアフリカ情勢を見ていれば理解できる。

「拡散」してありがたいのは良い情報、「拡散」して困るのは放射能と自動小銃だ。

「拡散」して飽和状態にあるのにもかからず販売価格が下がらないカラシニコフ。その理由は売る人間が少ないからなのだという。つまり中古市場にはあまりでてこないということだ。それがまたカラシニコフの供給がいっこうに減らないという悪循環。

経済メカニズムで考えると、すでに拡散してしまったカラシニコフを回収することがいかに困難な課題であることを知り、ため息をつくばかりだ。


カラシニコフ氏はAK47のもたらした惨禍を懺悔していた

カラシニコフ氏は最晩年には、AK47がもたらした惨禍を懺悔していたようだ。

「AK47の開発者が生前に懺悔、ロシア正教会宛てに書簡」(2014年1月14日 ロイター) には以下のようにある。

[モスクワ 14日 ロイター] -旧ソ連の銃器設計者で、カラシニコフ自動小銃 AK47 を開発したミハイル・カラシニコフ氏が生前、ロシア正教会宛てに懺悔の書簡を送っていたことが明らかになった。同国のイズベスチヤ紙が報じた。
カラシニコフ氏は書簡の中で「心の痛みは耐え難いもの」と心情をつづり、「私の生み出した銃は多くの人を殺した。たとえ敵であったとしても、彼らの死に私の責任はあるのだろうか」と悔いた。
ロシア正教会のスポークスマンが同紙に明かしたところによると、書簡が届いたのはカラシニコフ氏が昨年12月23日に死去する約半年前だったという。
94歳で亡くなった同氏はこれまで、 AK47 の開発に誇りを持っていると語っていた一方で、犯罪者や少年兵に使用されたことについては後悔の念を語っていた。

「ソ連人」を絵に描いたようなカラシニコフ氏であったが、最後は教会に救いを求めたのだろうか。

今回とりあげた『カラシニコフ自伝』と『カラシニコフ Ⅰ・Ⅱ』のいずれも、インタビューが行われたのはいまから10年前の2004年のもので、カラシニコフ氏が84歳のときのものだ。

カラシニコフ氏も、いよいよみずからの死期を感じて心が痛むようになったのだろうか・・・。

なんだかホッとするような、しかし開発エンジニアにとっては苦渋の心境だったかと思うと、気の毒な気もしてくる。そもそも祖国を救うために邁進した開発だったのだから。




『カラシニコフ自伝-世界一有名な銃を創った男-』(エレナ・ジョリー聞き書き、山本和子訳、朝日新書、2008)



目 次
地図
凡例
はじめに-恐怖と栄光の日々
第一章 隠された悲劇
第二章 一介の兵士から銃器設計者へ
第三章 AKの誕生
第四章  唯一の銃器
第五章 ソ連・ロシアの指導者たち
第六章 祖国と外国
第七章 雑記
訳者あとがき
カラシニコフ略歴


●『カラシニコフ Ⅰ』(松本仁一、朝日文庫、2008 単行本初版 2004)



目 次
はじめに
第1章 11歳の少女兵
第2章 設計者は語る
第3章 護衛つきの町
第4章 失敗した国々
第5章 襲われた農場
第6章 銃を抑え込む
あとがき


●『カラシニコフ Ⅱ』(松本仁一、朝日文庫、2008 単行本初版 2006)

目 次
第1章 ノリンコの怪
第2章 ライフル業者
第3章 流動するAK
第4章 AK密造の村
第5章 米軍お墨付き
第6章 拡散する国家
あとがき
文庫版へのあとがき

著者プロフィール  
松本仁一(まつもと・じんいち)1942年、長野県生まれ。東京大学法学部卒。68年、朝日新聞社に入社。82年よりナイロビ支局長。90年、中東アフリカ総局長としてカイロに駐在。93年から2007年まで編集委員。94年、ボーン上田国際記者賞、97年、『アフリカで寝る』で日本エッセイスト・クラブ賞、2002年、『テロリストの軌跡』(草思社)で日本新聞協会賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

[人と技術と情報の界面を探る] カラシニコフの死とAK-47と核兵器(ITPro 日経コンピュータ  2014年1月10日 松浦 晋也=ノンフィクション作家 (筆者執筆記事一覧) 出典:PC Online 2014年1月6日

"悲惨な現場" を求めるNGOの活動がアフリカで招いた不都合な真実 (橘玲の世界投資見聞録 ダイヤモンド ZAI 2014年1月16日)
・・『カラシニコフⅠ』で取り上げられたシエラレオネの「手足を切断された人々」をカネに変える "NGOビジネス" の実態



<ブログ内関連記事>

■銃器というマシン(機械)

書評 『傭兵の二千年史』(菊池良生、講談社現代新書、2002)-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ③
・・近代ヨーロッパ史とは銃器発達の歴史でもある

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

書評 『鉄砲を手放さなかった百姓たち-刀狩りから幕末まで-』(武井弘一、朝日選書、2010)-江戸時代の農民は獣駆除のため武士よりも鉄砲を多く所有していた!

書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)-「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌
・・種子島で鉄砲を知った日本人は初めて「ねじ」の存在を知った

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと
・・駆動と制御に電気を使用するエレクトロニクス以前のシンプルな機械(マシン)

書評 『誰も語らなかった防衛産業 増補版』(桜林美佐、並木書房、2012)-国防問題を国内産業の現状から考えてみる

クレド(Credo)とは
・・アメリカ海兵隊のThe Rifleman's Creed (ライフルマン信条)について解説してある。アメリカのライフルはM-16


ソ連

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む

書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?


コピーと海賊版

書評 『海賊党の思想-フリーダウンロードと液体民主主義-』(浜本隆志、白水社、2013)-なぜドイツで海賊党なのか?


「失敗国家」としてのソマリア、その他アフリカ諸国

映画 『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた-海賊問題は、「いま、そこにある危機」なのだ!
・・ソマリアに海賊が発生したのは

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)
・・紛争の絶えないコンゴ(ザイール)


イラク・アフガニスタンという「人工国家」は「大英帝国の負の遺産」

書評 『イラク建国-「不可能な国家」の原点-』(阿部重夫、中公新書、2004)-「人工国家」イラクもまた大英帝国の「負の遺産」

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

本年度アカデミー賞6部門受賞作 『ハート・ロッカー』をみてきた-「現場の下士官と兵の視線」からみたイラク戦争

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・ウサーマ・ビン・ラディン殺害計画

映画 『ルート・アイリッシュ』(2011年製作)を見てきた-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ②
・・イラクで戦死した英国人傭兵

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察
・・「第8章 AK47の銃眼 カシミール」を参照。インドから分離したパキスタンもまた「大英帝国の負の遺産」

(2014年3月4日 情報追加)





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2014年1月26日日曜日

『足尾から来た女』(2014年1月)のようなドラマは、今後も NHK で製作可能なのだろうか?


NHKのドラマ『足尾から来た女』が面白かった。2014年1月18日と25日と2回にわたって放送された土曜ドラマである。

足尾とは足尾銅山の足尾。栃木県の足尾である。「足尾鉱毒購事件」という「富国強兵時代」の近代日本が経験した初の「公害事件」である。

戦後の「高度成長時代」の日本はイタイイタイ病や水俣病を経験することになる。そしてまた「3-11」で福島第一原発の事故で放射能漏れを経験することになった。この国は何も変わっていないのではないか?


「足尾鉱毒事件」と谷中村出身者が主人公

鉱毒によって環境汚染された足尾の谷中村から「土地強制収用」によって立ち退きを余儀なくされ、生まれ故郷を喪失することになった農民たち。

その農民の娘の一人が主人公の新田サチであった。直訴状で有名な田中正造の推薦で、東京の福田英子宅の住み込み女中となった。これは史実にもとづいた実話のようだ。

福田英子(ふくだ・ひでこ)は旧姓は景山、自由民権運動の闘士から社会主義者になった女性運動家である。当時は老いた母親と年下の社会主義者・石川三四郎と暮らしていた。明治時代前半の「自由民権運動」時代には「大津事件」に連座、爆発物所持を理由に逮捕され投獄されている。直情径行で、「明治の爆弾娘」ともいうべき人であった。

農民として生まれ、字を読めず、ある意味では無知でもあったサチは、警察から福田英子宅で見聞きした話は細大漏らさず報告するように求められる。つまり密偵の役割を負わされたわけだ。

そのサチが福田英子の交友関係を中心としたネットワークーのなかに巻き込まれ、大逆事件で死刑となった幸徳秋水や堺利彦、石川三四郎といった社会主義者、社会主義に限りなく共感を寄せる文学者の石川啄木、そして与謝野晶子といった人々とのかかわりのなかで成長してくストーリー。

特定の主義ではなく、生まれ故郷を追われたことに対する怒り。これは人間にとって、より根源的なものだ。

たとえ時代はいまから100年以上前のものだとしても、扱われているテーマはきわめてアクチュアルなものである。「激動の明治時代」と銘打たれているが、生きるのが厳しい時代であるのはいつの時代でも変わらない。

主人公を演じた尾野真千子、田中正造を演じた柄本明、福田英子を演じた鈴木保奈美のいずれも好演であった。明治末の時代をよく表現できていたと思う。


日本の「時代閉塞状況」はさらに強まりつつあるのか?

足尾鉱山、谷中村、田中正造、福田英子、幸徳秋水、石川三四郎・・・。こうならべると「反権力」のかたまりのような面々ではないか。とくに大逆事件で死刑になった幸徳秋水の汚名はいまだに払拭(ふっしょく)されたとは言い難い。

NHKは昨日(2014年1月25日)からあたらしい会長のもとで新体制になった。「不偏不党」の公共放送としての理念を堅持すると言っていた。

だが、時の権力に立てついた人々を描いた『足尾から来た女』のようなドラマが、はたして企画じたい今後は通るのだろうか? 

先ごろ NHK に送り込まれた安部首相のお友達の面々が、いかにも毛嫌いしそうなテーマでないか!? 抒情的な作品で有名な歌人・石川啄木は、「われは知る、テロリストのかなしき心を・・・」(「ココアのひと匙」1915年)、なんてテーマを歌った詩人でもある。

異議申し立てのできない、異論や反論の許されない社会は、それこそ石川啄木ではないが「時代閉塞」(1910年)そのものである。わたしは社会主義や社会主義政党には共感は感じたことはないが、社会正義の追求は、よって立つ主義のいかんにかかわらず追求すべきものであると考える。健全な批判精神こそ、自分のアタマで考え、自分で行動するためにもっとも重要なマインドセットである。

自由民権運動の火が燃え上がったのは、「一、広く会議を興し、万機公論に決すべし」で始まる「五箇条の御誓文」の精神が、政府によってないがしろにされてきたことに対する怒りが原点にあるのだ。

自由民権運動の闘士であった福田英子も、その家の住み込み女中となった谷中村出身のサチも、アタマでっかちの議論ではなく、ハラの底からの怒りを感じた女性たちであった。

近代日本の出発点にあたって高らかにうたい上げられた「五箇条の御誓文」の精神に、いまいちど立ち返るべきではないか? 「五箇条の御誓文」の精神こそ、グローバル社会のなかでナショナルな存在として生きていくための指針となるものだからだ。





PS さっそくNHK新会長が「不偏不党ではない」ことが露呈

総合商社出身だが国際感覚を著しく欠いた新会長。

いきなり従軍慰安婦や強制連行などにかんして「持論」を開陳「公共放送」を預かる「公人」とは思えない発言内容に、仕事はできても「教養」と「品性」の欠如した典型的な「日本人ビジネスマン」を感じるのは、わたしだけではあるまい。

この発言が「不偏不党ではない」と主張して弁護する政治家たちがいるが、「左翼」に反対する見解ならすべてが許されると思うのは甘い。いや傲慢ですらある。国民を愚弄するにもほどがある。

「公人」の立場ではなく「私人」の立場での発言だなどという「妄言」が許されるとしたら、なんでもありではないか。まことにもってお粗末な国の粗末な「公人」たちである。

(2014年1月29日 記す)


(参考) 「籾井新会長の登場により露呈したNHKというシステムの矛盾」(現代ビジネス 2014年1月29日)
「いっそ受信料を廃止してしまい、税金で運営する国営放送になってしまったほうが形としては分かりやすい」、という記事の筆者の発言には大いに賛成。

受信料支払者に発言権がないのはおかしいのではないか!? 相互会社形態をとる保険会社でも、保険金の支払者である保険加入者には経営に対する発言権があるではないか!


かける前にかかるのが「圧力」だ (小田嶋 隆、日経ビジネスオンライン、2014年1月31日)
・・NHK会長の発言について。「現場」の反応はまさに小田嶋氏が推測するとおりだろう



<関連サイト>

NHKのドラマ『足尾から来た女』 (公式サイト)

石川啄木 「呼子と口笛」(青空文庫)
・・このなかに「われは知る、テロリストの かなしき心を--」ではじまる「ココアのひと匙」や「飛行機」といった名編がある


<ブログ内関連記事>

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと
・・民権>国権か、民権<国権か、この議論は明治時代に近代化が始まって以来の争点である

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)
・・この「国是」を出発点として「自由民権」運動がわきあがった

福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!
・・「かりそめにも政府に対して不平を抱くことあらば、これを包みかくして暗に上を怨むことなく、その路を求めその筋に由り、静かにこれを訴えて遠慮なく議論すべし。天理人情に叶うことならば、一命をも抛(なげう)ちて争うべきなり。これすなわち一国人民たる者の分限と申すものなり」(初編)

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・国権主義者と目される頭山満であるが、もともとは民権思想家の中江兆民とは親友であり、頭山満の思想とは民権は国権が主導してこそ実現するという趣旨すべしというもので、民権派との違いはバランスの力点の置き方の違いであったことに注意したい

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・「富国強兵」と「高度成長」の共通性はポジティブな側面とネガティブな側面に共通! 「1954年生まれの安倍晋三、1957年生まれの石破茂という「ポスト団塊世代」の政治家二人。奇しくも復活した第二次安倍内閣で総理大臣と自民党幹事長という要職についている二人である。安倍晋三は満洲国で統制経済を主導した「革新官僚」岸信介の孫である。石破茂は大陸や半島に海を挟んで最前線のある島根出身の政治家である。著者は、団塊世代と団塊ジュニアにはさまれた「ポスト団塊世代」に、「戦前・戦中」と「戦後」をつなぐものがあるとみているのだろうか?「戦前・戦中」と「戦後」はいっけん断絶したようにみえて、じつは根底のところでつながっているのである」

書評 『苦海浄土-わが水俣病-』(石牟礼道子、講談社文庫(改稿版)、1972、初版単行本 1968)

書評 『複合汚染』(有吉佐和子、新潮文庫、1979、初版1975年)

書評 『原発と権力-戦後から辿る支配者の系譜-』(山岡淳一郎、ちくま新書、2011)-「敗戦国日本」の政治経済史が手に取るように見えてくる

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 

冬の日の氷雨のなか、東京のど真ん中を走る馬車を見た
・・田中正造の直訴状(1901年)

NHKの連続テレビ小説 『カーネーション』が面白い-商売のなんたるかを終えてくれる番組だ
・・尾野真千子主演

書評 『チェンジメーカー-社会起業家が世の中を変える-』(渡邊奈々、日本経済新聞社、2005)





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2014年1月23日木曜日

ユダヤ教の「コーシャー」について-イスラームの「ハラール」最大の問題はアルコールが禁止であることだ

(「獺祭」はコーシャー認証取得済み JETROビデオよりキャプチャ)

2014年1月16日放送のテレビ東京系列のビジネス番組 『カンブリア宮殿』で日本酒の「獺祭」(だっさい)が取り上げられた。題して「倒産寸前“負け組”酒蔵が起こした奇跡!ピンチに挑み続けた大逆転経営」

いまでは純米大吟醸酒で一番人気の「獺祭」(だっさい)だが、倒産の危機から起死回生したストーリーには勇気づけられるものがあった。

この番組でわたしが注目したのは再生のストーりーもさることながら、「獺祭」(だっさい)を醸造する山口県の旭酒造では、なんとユダヤ教のラビが工場検査を行っていることだ。「コーシャー認証」のための抜き打ち工場検査だ。

ユダヤ教徒以外にとっても、「コーシャー認証」は「食の安全」の観点から人気があるので、先進国市場開拓のためにコーシャー認証を取得したという。「獺祭」をはじめて東京で飲んだのは、いまから十数年前のことだが。コーシャー認証のことは言われるまでまったく気がつかなかった。うかつな話である。

(KJマークはコーシャー認証取得済みの証明 JETROビデオよりキャプチャ)


イスラームの「ハラール」(Halal)については、最近よく耳にするようになってきたのでご存知の方も多いと思う。イスラーム法コンプライアンスによる認証制度のことで、イスラームにとって不浄なものが含まれていないことを証明するものだ。

関係が冷え込んでいる中国にかわって、ビザ緩和などの影響もあって東南アジアからの来日客が急速に増えているのだが、そのなかでもとくにマレーシアやインドネシアといったムスリム(=イスラーム教徒)にとって問題なのが、食事のなかにブタやアルコールが含まれていないかという心配なのだ。

そのため、日本でも食材をハラール基準に基づいて観光客を「おもてなす」取り組みが広がっている。円安傾向もあって日本旅行が手に届くものになってきたという事情もあるらしい。以前から多かったタイ人だけでなく、マレーシア人はこれから上得意になることだろう。

また、全世界に16億人もいるというムスリム人口をターゲットに、ハラール認証を取得して積極的に市場拡大を図ろうという日本企業もでてきている。2030年には世界人口の1/4に達するというムスリム向けの市場規模はきわめて大きい。ハラール認証取得済みであれば、ムスリム以外にも安心を提供できるというメリットもある。

ところが、ハラール認証には大きな問題点がある。 

それはなにかというと、原材料にアルコールが含まれることすら絶対にダメという厳しい規定があるから。消毒用のアルコールさえ不可!なのだ。そう、当然のことながらお酒はイスラーム法では禁止なのである。

そこで活用を考えるべきなのが「コーシャー認証」だ、というわけなのだ。

ユダヤ教コンプライアンスの「コーシャー」認定。イスラーム圏向けの「ハラール認定」がビジネスマターになってきた日本だが、お酒についてはイスラームは禁止なのでユダヤ教の「コーシャー認定」がいいかもしれない。

ブタを食べてはいけないという点については、ユダヤ教の食事規定とイスラームの食事規定は共通しているが、それ以外はかならずしも重ならない。



コーシャー認証マークのついた食品は安心という消費者意識

「コーシャー」(Kosher)とはユダヤ教にもとづく食事規定のことだ。ヘブライ語ではカシュルートという。聖書のモーセ五書の一冊である『レビ記』に根拠がある。

イスラームと同様にユダヤ教もまた生活全般を規範として律する性格のつよい宗教である。してもいいこと悪いこと、食べていいもの悪いものが、ことこまかに規定されている。

ユダヤ教でも宗派によっては厳しさの度合いが異なるので、すべての人がコーシャーを遵守しているわけではないが、超保守派は厳格にコーシャーを遵守することを求めている。その点はイスラームのハラールとよく似ている。

「コーシャー認証」済みのイスラエル産ワイン K は Kosher の略語)

この写真は、イスラエルのワイン Mount Hermon(マウント・ヘルモン)の赤。イスラエル北部のゴラン高原にあるワイナリーで醸造されているワイン。

ラベルをみると、ラビによるコーシャーお墨付き。コーシャー(Kosher)の頭文字 K のマークがある。ユダヤ教徒が育てたブドウからつくられ醸造されたワインだという証明である。

厳格に遵守する人は、ユダヤ教徒が栓をあけたワインでないとクチにしないという。

(ニューヨーク市内のリカーショップ JETROビデオよりキャプチャ)

日本ではコーシャー認証マーク入りの食品は輸入食料品以外ではほとんどみない。気になった人は明治屋や紀伊国屋、成城石井などの高級食品スーパーやコストコなどで確認してみるといいだろう。海外でスーパーマーケットにいく機会があれば、かならずコーシャーのコーナーがある。

(日本で入手できるコーシャーのピクルス)


ユダヤ教徒に限らず先進国ではコーシャ認証マークのついた食品なら安心だという意識が広がっているようだ。原材料だけでなく、機械設備から製造プロセスのすべてについてユダヤ教聖職者ラビによる抜き打ち検査が行われるからである。



コーシャー認証を取得した日本酒もある

イスラエルのワインは「コーシャー認証」を取得しているのは当然だが、日本酒もまた対象になる。

「ブドウ以外の果実酒については特別の規定はありません。ウイスキーもコーシェルの問題にならなりません」ということだが、コーシャー基準を満たしていれば認証はもらえるので、「食の安全」意識の高い先進国市場開拓のためにコーシャー認証を取得するのは理にかなっているといえる。

(ラビによる抜き打ち検査 JETROビデオよりキャプチャ)

さきに日本酒の「獺祭」(だっさい)がコーシャー認証を受けている件について触れたが、カンブリア宮殿の放送を見逃した人も、JETROが作成しているビデオでコーシャー認証とラビによる検査の状況を視聴することができる。食品の海外輸出-コーシャ市場への取り組み- (テレビ番組「世界は今 ‐JETRO Global Eye」 2013年04月24日)

(ラビによる抜き打ち検査 JETROビデオよりキャプチャ)

「獺祭」(だっさい)で検査を行っているのはビニアミン・エドリー師。調べてみると、ハバッドハウス(東京)のラビ・ビンヨミン・エデリ師であることがわかる。ハバッド(Chabad)はハシディズム系の正統派ユダヤ教いわゆる超保守派である。

「日本ユダヤ教団」(Jewish Community of Japan)でもコーシャー認証を行っているようだが、ハバッドハウス(Chabad House Japan)は日本ユダヤ教団とは別組織である。「獺祭」の蔵元には、超保守派のお墨付きがあれば、「食の安全」の観点からいって無敵だろうという判断があったのかもしれない。

ハバッドハウスのサイトには、コーシャーの英語メニューがある。サンドイッチ各種、メインコース各種、サラダ各種、キッシュ、スープ、ドリンク、デザート、そのいずれもコーシャー認証ずみだ。デリバリーサービスもあるようだ。日本在住のユダヤ教徒のニーズがあるのだろう。

国内市場が縮小するなか、海外市場に活路を見出そうとする姿勢は当然といえば当然だ。「おもてなし」にくわえて、「和食が世界遺産」になったのは、その流れを促進することになる。日本酒以外でも味噌やしょうゆなどの発酵食品、またワカメなどの海藻もコーシャー認証を取得する傾向がでてきたようだ。

ただし、じっさいに認証を受ける窓口としてどこがいいのか、コーシャー認証もじつにさまざまなものがある。よく研究してからのほうがよさそうだ。



「食の安全」と宗教やライフスタイルによる「食事規制」

たとえば日本のしょうゆには原材料にアルコールを添加することも多い。このケースの場合、ユダヤ教のコーシャー認証は取得できても、イスラームのハラール認証では不可ということになる。

2030年には世界人口の1/4がムスリム人口になるといわれており、この巨大市場を目指すためにハラールで「標準化」するのか、それともローカル市場ごとに細分化して認証を受けるのかなど、いろいろ考えなくてはないことも多い。

ユダヤ教のコーシャーを中心してイスラームのハラールについても述べたが、それ以外にベジタリアンという食事規制もある。

ベジタリアンというとインドがまず思い浮かぶが、先進国ではベジタリアンもけっして少なくはない。そのベジタリアンも厳格派から、それほどでもない人までかなり違いがある。一般的に肉を食べない菜食主義者(Vegetarian)だけでなく、ビーガン(Vegan)と呼ばれる肉類だけでなく牛乳や乳製品も拒否する人たちまである。

たとえば全日空(ANA)の場合、特別機内食(スペシャルミール)は、「宗教対応のお食事」は以下のように用意されている。事前に予約しておけば用意してもらえることになっている。

 ●ヒンズーミール(HNML)
牛肉を口にしないヒンズー教徒のお食事です。食材には牛肉の他、豚肉も避けますが、茹でた魚、鶏肉、羊肉、魚介類、米、フルーツ等を使用します。調理の際のアルコールは使用致しません
イスラム教徒ミール / モスレムミール(MOML)
イスラム教の規定と習慣に則ってご用意したお食事です。豚肉を使用した製品、ゼラチン、お酒、アルコールより抽出された香味成分、うろこやひれの無い海洋生物の肉は使用しておりません
ユダヤ教ミール(KSML)
ユダヤの掟によって調理され、祈りを捧げられたユダヤ正教信者の食事です。機内では必ずシールを切らずに提供します。ANAでは Passover meal(過ぎ越し期間用の発酵食品が含まれない食事)のご用意はございません

ついでに「ベジタリアンのお食事」も紹介しておこう。

ベジタリアンミール(VLML)
肉類や魚類は調理されませんが、卵や乳製品を使ったお食事です
厳格なベジタリアンミール(VGML)
肉、魚、卵、乳製品、蜂蜜など動物由来の食品は一切使用されていないお食事です
ベジタリアンヒンズーミール(AVML)
アジア風のベジタリアンミールです。スパイシーなベジタリアン料理のコンビネーションになっており、肉・魚・卵は使用しませんが、乳製品は含まれています
ジャイナ教徒用ベジタリアンミール(VJML)
ジャイナ教徒のお客様用の食事です。肉・魚・卵・乳製品など動物性のものに加え、根菜も使用していない食事です。


先にもふれたようにイスラームでもユダヤ教でも豚肉はNGだ。ヒンズー教徒は牛肉がNGだ。結局のところ宗教のいかんにかかわらず、共通に食べることができるのは羊肉か鶏肉ということになる。

ベジタリアンになると肉もNGである。いわゆる厳格なベジタリアン(=ビーガン)やジャイナ教徒用ベジタリアンとなると、牛乳も乳製品もダメである。厳格なベジタリアンを食べたことがるが、まったく味気ないものなのであった。慣れの問題もあるだろうが、以後、二度と食べないことにしている。

(全日空の国際便エコノミークラスのベジタリアンミール)

グローバル化でも国際化でも表現はどちらでもよいのだが、日本を一歩出れば、いや日本国内にも「食の規制」を受ける人たちがいることはアタマのなかにいれておくべきなのだ。「食の安全」の意味は広く捉えることが重要だろう。

いや、ほんとうのことをいえば、日本国内でもかなりの地域差が存在することにも留意しておく必要があるだろう。文化、とくに食文化というものは、きわめてローカルな存在なのである。







PS 「信と知を行として一体のままに理解」するユダヤ法とイスラーム法

「コーシャー」の根拠となるユダヤ法「ハラール」の根拠となる「イスラーム法」については、概説書として『世界の法思想入門』(千葉正士、講談社学術文庫、2007)を推奨したい。「第二編 非西欧文化の法思想」として、それぞれ第1章と第2章でコンパクトに説明されているので便利である。

ユダヤ法はユダヤ教徒の生活の法、ユダヤ教を信じる行為の法であることである。その多くの法規の中には、純世俗的なものもあるが、純宗教的なものも、多いだけではなくむしろより重要とされ、また現代の常識からすれば両者を混交していると見られるものもある。しかしそれは、その常識すなわちキリスト教的西欧観念から見るから混交と見えるが、ユダヤ法の立場から見れば当然の一体なのである。比較して言えば、キリスト教はギリシア哲学の理性をうけついで信と知を分けたが、ユダヤ教は信と知を行として一体のままに理解している。この点においては、ユダヤ法はイスラム法と共通する。法が宗教・道徳と不可分であるのも、当然のことなのである。(P.163~164 *太字ゴチックは引用者=さとう)

キリスト教を軸にみると、「信と知を行として一体のままに理解」するという点において、ユダヤ法とイスラーム法が共通するということが重要だ。だから、細かい食餌制限が存在するのである。教義もさることながら、プラクティスという点においての世界の三大一神教についての比較が参考になるだろう。 (2014年3月29日 記す)。




<関連サイト>

コーシャー・ジャパン 公式サイト(日本語)
・・「当KOSHER.JP日本支部(本部機構イスラエル国エルサレム市)はイスラエルのコンサーバティブ派のラバイ(認定権限のある者)あるいはオーソドックス派のラバイが正式に発行するコーシャ食品、コーシャ製品の認定を行う日本向けの機構の日本支部です」(ウェブサイトより)

kosher japan 公式サイト(日本語)


食品の海外輸出-コーシャ市場への取り組み- (テレビ番組「世界は今 ‐JETRO Global Eye」 2013年04月24日)

日本産農林水産物・食品輸出に向けた コーシャ調査報告書 2014年3 月 (日本貿易振興機構(ジェトロ) 農林水産・食品部 農林水産・食品調査課) (Pdf 資料)

コーシャー・ライセンス取得のお披露目パーティ in LA & NY (2011年6月21日)
・・「獺祭」(だっさい)の公式ブログ

「獺祭」(だっさい)の認証を担当しているハバッドハウス(東京)のウェブサイトに掲載されている「ノアの七つの戒律」を読むと、かなり厳格で保守的な教えであることがわかる。

1. 神を信ぜよ 偶像礼拝の禁止
2. 神を信じ、讃えよ みだりに神の名を唱えてはいけない
3. 人間生活を尊重せよ 殺人の禁止
4. 家庭を尊重せよ 非道徳的な性行為の禁止
5. 他人の権利と財産を尊重せよ 盗みの禁止
6. 司法体系の創造 正義を追求せよ
7. 生き物を大切にせよ 生きた動物の生肉を食べてはいけない

このような厳格な戒律を日本のような世俗的な環境で遵守するのはきわめてたいへんなことであろう。

VIDEO: Kosher Wine No Longer an Afterthought (Bloomberg BusinessWeek, July 2, 2013)
・・コーシャーのイスラエルワインの紹介(英語)


日本初 米焼酎と柚子酒で、ユダヤ教食事規定をクリア(玉乃光酒造プレスリリース、2016年6月6日)
・・京都・伏見の玉乃光酒造が「ロンドンに本部を置く認 証機関の KLBD (日本代理店「株式会社ヤマミズラ」)より取得しました。KLBD は世界に 1,300 以上あるコー シャ認証機関の中でも上位 3 つに入る規模の団体で、ヨーロッパ最大最古の歴史を誇ります」(プレスリリースより)

(2015年1月11日、2016年12月3日 情報追加)





<参考> 『逆境経営-山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法-』(桜井博志、ダイヤモンド社、2014)

2014年1月16日放送の「カンブリア宮殿」での「獺祭」(だっさい)紹介とあわせて出版された、「獺祭」の蔵元である旭酒造社長の著書。この本の P.199~201 にかけて、「コーシャー認証」取得の理由が記されている。

コーシャー取得の理由は、「アメリカの富裕層にユダヤ人が多いことから、ユダヤ社会での信頼を得ため」だという。日本酒は製造工程が複雑なため、どうしても製造原価が高くなりがちなので、「獺祭(だっさい)は世界の上位5%を主要顧客層と見ている」。

取得には3年かかったという。「彼らは、何を原料に、どこで造ったか明確であることを求めると同時に、最終的に製法のはっきりしない工業生産的手法で精製されたアルコールを酒に添加する、いわゆる「アル添酒」を認めない」、と。

コーシャーにかんする記述はこれだけだが、日本酒の世界に関心のある人、日本酒とワインの関係が完全に逆転した日本市場での戦い、縮小する日本市場から海外市場で戦うためにはなにが必要か考える人は、せひ読むことを薦めたい。

(2014年1月29日 記す)




PS パリのコーシャー専門の食品スーパーチェーン

2015年1月7日に発生したフランス紙襲撃テロ事件は、イスラーム過激派のトロリストたちによる風刺専門の新聞社シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)を襲撃し12人を殺害したものである。フランスのみならずヨーロッパ全体を震撼された衝撃的な事件である。

その後、犯人二人とはつながりながらも別行動をとっていたもう一人のテロリストが人質をとって立てこもっていたのがコーシャー専門の食品スーパーチェーン Hyper Cacher (イーペル・カシエ) であった。事件映像から情報を得ることができた。

(JNNのニュースサイトよりニュース映像をキャプチャ)

英語のコーシャーはイディッシュ語起源のようだが、ヘブライ語ではカシュルートである。カシュルートとはカシェル(=清浄な)という意味スーパーチェーンの cacher(=カシェール) はそこから取っているのだろう。

おそらくテロリストはコーシャー専門スーパーだと知っていて立て籠もったたのではないかと思うが、テロリストは警察の特殊部隊によって射殺されたので真相は不明である。人質のうち4人が殺害されていたが、いずれもユダヤ系市民であったようだ。

「政教分離の世俗国家」フランスにおいて、ムスリムはいまやユダヤ系を上回るエスニック・マイノリティとなっている。

 (2015年1月10日 記す)




<ブログ内関連記事>

『パリのモスク-ユダヤ人を助けたイスラム教徒-』(文と絵=ルエル+デセイ、池田真理訳、彩流社、2010)で、「ひとりの人間のいのちを救うならば、それは全人類を救ったのと同じ」という教えをかみしめよう
・・北アフリカにおいてムスリム(=イスラーム教徒)とユダヤ人は共生してきた


「食事規制」全般とその関連

書評 『食べてはいけない!(地球のカタチ)』(森枝卓士、白水社、2007)-「食文化」の観点からみた「食べてはいけない!」

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる

タイのあれこれ(5)-ドイツ風ビアガーデン
・・あまり知られていないが、仏教も本来はアルコール禁止である。「タイには仏教の教えに基づいて米国以上に厳しい「禁酒法」が存在する。仏教の五戒のひとつは不飲酒戒(ふおんじゅかい)、すなわち酒を飲んではいけない、というもの」

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』
・・いすれもユダヤ教がその起源であるキリスト教、イスラームという3つの「一神教」の経済思想について


イスラームの「ハラール」

「マレーシア・ハラール・マーケット投資セミナー」(JETRO主催、農水省後援)に参加(2009年7月28日)-ハラール認証取得でイスラーム市場を攻略

タイのあれこれ (18) バンコクのムスリム

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り
・・『コーラン』(クルアーン)に次ぐイスラームの経典『ハディース』について

書評 『日本のムスリム社会』(桜井啓子、ちくま新書、2003)-共通のアイデンティティによって結ばれた「見えないネットワーク」に生きる人たち
・この本に描かれた日本におけるハラール食品調達の苦労は、出版から11年後の2014年現在では大幅に解消されつつある

日本のスシは 「ハラール」 である!-増大するムスリム(=イスラーム教徒)人口を考慮にいれる時代が来ている
・・ユダヤ教でも「コーシャー・スシ」があることは、『回転スシ世界一周』(玉村豊男、知恵の森文庫、2004)の「スシはジューイッシュの律法にかなっているか」で取り上げられている。肉や乳製品をつかわない日本料理、とくにスシはユダヤ人にとってはありがたい存在なのだという



ユダヤ人の食文化とユダヤ教関連

書評 『アルゼンチンのユダヤ人-食から見た暮らしと文化-(ブックレット《アジアを学ぼう》別巻⑨)』(宇田川彩、風響社、2015)-食文化の人類学という視点からユダヤ人について考える

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

きょうは何の日?-ユダヤ暦5272年の新年のはじまり(西暦2011年9月28日の日没)
・・ユダヤ教の経典『タルムード』について


ベジタリアン

タイのあれこれ(9)-華人系タイ人の"キンジェー"(齋)について
・・ベジタリアン・チャイニーズ

エコノミー(=サード・クラス)利用で、お金を一銭もかけずに、ちょっとだけ特別扱いされる方法
・・チケットの予約段階でベジタリアン指定ができるので利用してみよう


製品ローカリゼーション

書評 『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか-世界で売れる商品の異文化対応力-』(安西洋之、中林鉄太郎、日経BP社、2011)-日本製品とサービスを海外市場で売るために必要な考え方とは?
・・文化の内在的ロジックを知ることの重要性

(2015年2月14日、11月17日 情報追加)



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2014年1月20日月曜日

ドイツを「欧州の病人」から「欧州の優等生」に変身させた「シュレーダー改革」-「改革」は「成果」がでるまでに時間がかかる


「改革」は、「成果」がでるまでに時間がかかるものだ。

こんなことを言うのは、「FACTA 2014年1月 SPECIAL ISSUE 「シュレーダー前ドイツ首相講演と討論会 特別号」という小冊子を読んだからだ。

昨年(2013年)12月4日に開催された「シュレーダー元ドイツ首相の講演会と討論会」は、申し込んだものの残念ながら抽選ではずれたため参加できなかった。

そのかわり送付してもらったのが、当日の講演会の記事と、関連記事をあわせて「特別版」と題して抜き刷りとしてまとめられた小冊子。一昨日入手して、さっそく目を通してみた。

2003年に打ち出されたドイツの「シュレーダー改革」については、日本ではどれだけ注目されていたかわからないし、現首相のアンゲラ・メルケル以前のドイツの首相がだれだったか覚えている人はあまり多くないかもしれない。

シュレーダー氏が首相に選出された1998年当時のドイツは、いまからはまったく信じられないが「欧州の病人」(!)だったのだ。1990年の「ドイツ再統一」から8年、東西それぞれの通貨ドイツマルクの等価交換や旧東ドイツへの底なしの財政投入など、さまざまな要因によって国家財政が悪化していた。まさに、現在の日本のような状態であったのだ。

そのドイツがいまや「欧州の優等生」(!)に変身。その理由はなぜか?

その理由は、シュレーダー氏が2003年に打ち出した「アゲンダ2010」にある。ドイツ語のアゲンダ(Agenda)は英語読みすれば「アジェンダ」である。

「アゲンダ2010」とは、2010年までにドイツをふたたび欧州最強のポジションに回復させるという国家ビジョンであり、政治決断によりトップダウンで打ち出されたものである。

その柱は、労働市場改革と社会保障改革という「雇用改革」。もう一つの柱は、「税制改革」。前者の雇用改革は解雇規制の緩和による人件費抑制、後者の税制改革はキャピタルゲイン課税廃止による株式持ち合い解消この二本柱によって、リストラを容易にし企業競争力強化を図った

企業統治(コーポレート・ガバナンス)の改革は経営者らは歓迎されたが、「痛みをともなう改革」は自分が所属する政党内でも、さらには国民からあまりにも不評で総選挙では敗退、改革の成果を見ることなく2005年にはシュレーダー氏は議員辞職して政界を去ることになる。シュレーダー氏はドイツの将来のため、自分の政治生命を犠牲にしたわけだ。並みの政治家にできることではない。「変革リーダー」そのものである。

当初の見通し通り2010年には「改革」の「成果」が現れ、ドイツは EU(欧州連合) の唯一無二の勝ち組といってもいい状態になった。いまや財政赤字どころか、2016年には財政黒字を達成見込み(!)だという。まったくもって驚きだ。

SPD(社会民主党)のシュレーダー氏が首相のときに播いたタネが、CDU(ドイツキリスト教民主同盟)のメルケル首相の時代に収穫の時期を迎えたということだ。政党は異なっても改革路線をうけついだのは、英国保守党のサッチャー元首相と労働党のブレア元首相の関係にも似ている。

明確で明快なビジョンを打ち出し「改革」は「成果」がでるまでに時間がかかることを前提に、「痛みをともなう改革」をやりぬいたということ。たとえ、自分の在任中に「成果」を見ることができなくても、将来のために必要な改革は断行しなくてはならないのだ。

ドイツの「シュレーダー改革」は英国の「サッチャー改革」ほど有名ではないが、アタマのなかにいれておいたほうがいい。ドイツはすでにかつてのような「ライン型資本主義」ではない

「●●に学べ」という教訓は好きではないが、なぜ英国やドイツにできて日本にできないのだ(!?)という疑問はもってしかるべきだと思うのである。

「改革」にかんしては、政治のリーダーシップと経営のリーダーシップには、共通点がある。「改革」は「成果」がでるまでに時間がかかることを念頭においた、ある意味では自己犠牲の精神が求められるのである。




「FACTA 2014年1月 SPECIAL ISSUE」 目次

アベノミクスにドイツの教訓(シュレーダー元ドイツ首相 講演会記録)
 「屋台骨」中小企業の資本増強
 企業統治コードで成長に弾み
トップダウンで改革断行(パネル・ディスカッション記録)

LABYRINTH 「日本版シュレーダー改革」
 アベノミクスに「第四の矢」-税制改革で株式持合解消
 ドイツ「優等生復活」の原点は雇用改革(熊谷徹)
 安部版雇用改革は「官より始めよ」(高橋洋一)

LABYRINTH 「シュレーダー改革 第二弾」
 規制改革会議が「手本」にすべきドイツ
 国を壊し党を「ぶっ壊した」風雲児(熊谷徹)
 メルケル「大連立」にユーロ懐疑派不穏(カーステン・ゲアミス)

LABYRINTH 「シュレーダー改革 第三弾」
 「資本の硬直」を企業制度改革で流動化
 改革で「貧富の格差拡大」批判は筋違い(ミヒャエル・ヒューター)
 日本応用は「無限定正社員」に斬り込め(鶴光太郎)
 メルケル「大連立」の妥協は改革に影落とす
 脱原発「時の人」二人の意気投合


(参考資料) 「シュレーダー元ドイツ首相の講演会と討論会」(2013年12月4日) http://www.creative-net.co.jp/facta-conference/

日本のみならず、世界の輿望を担うアベノミクスは、デフレ脱却のモデルとして、もはや失敗が許されない段階に来ました。9月25日、訪米中の安倍晋三総理はニューヨーク証券取引所でスピーチに臨み、映画『ウォールストリート』の台詞Buy mybookをもじって、Buy my Abenomicsと言って満場を沸かせました。しかし日本で報じられなかったのは、その後の会見で米人記者が最初に発した質問でした。「アベノミクス第三の矢は成長戦略だというが、日本はコーポレート・ガバナンス(企業統治)に問題があるのではないか」。まさにGood Questionです。

その答えはどこにあるでしょうか。おそらくウォール街でも、ロンドンの金融街シティーでもなく、ベルリンかもしれないと我々は考えました。日本と同じ敗戦国、米国の支援のもとで戦後、経済大国をつくりあげ、1990年代に大きな国難に直面したところまで、日独は双子のようでした。日本はバブル崩壊、ドイツは東西統合という試練の時を潜ったのち、残念ながら日本は停滞が続き、他方でドイツは失業率を半減させ、漂流を続けるユーロ圏最強の繁栄を謳歌しています。

その分かれ目は1998-2005年に社会民主党・緑の党の連立政権を率いたゲアハルト・シュレーダー前首相のもとでの大改革にあったと考えます。この9月にアンゲラ・メルケル政権が総選挙で勝利したのも前政権の改革のおかげと明言しているように、雇用・税制・企業制度全般にわたる大改革は、ドイツ企業の収益性を大幅に改善し、国際競争力を回復させました。そのシュレーダー氏を日本に呼び、ご本人から直にアドバイスをいただいて、これからの日本の成長戦略に、場当たりでなく一貫した青写真を描くチャンスをつくりたいと考えました。

月刊FACTAは日本経済新聞社の後援で、シュレーダー氏の講演と氏を交えた討論会を企画し、下記の要領で12月4日に開催致します。上記の趣旨にご関心を持たれるみなさまのご来臨を心よりお待ち申し上げております。



PS 特集号に記事が再録されている熊谷徹氏のシュレーダー元首相にかんする新著が2014年4月に出版されたので紹介しておこう。(2014年4月23日 記す)



『ドイツ中興の祖ゲアハルト・シュレーダー』(熊谷徹、日経BP社、2014)

目 次

第1章 戦後最大の社会保障改革
第2章 極貧家庭から首相に
第3章 「欧州の病人」ドイツ
第4章 「アゲンダ2010」はドイツをどう変えたか
第5章 「欧州の病人」が、「欧州の機関車」に
第6章 労働コストの抑制
第7章 「アゲンダ2010」の光と影
第8章 シュレーダーの黄昏
第9章 国論を二分する「アゲンダ2010」
第10章 ドイツ人と社会市場経済
第11章 日本とドイツ






<関連サイト>

ゲアハルト・シュレーダー (wikipedia情報)
・・「アゲンダ2010」の説明もある

FACTA Online (編集長:阿部重人。既存メディアの報道だけでは満足できない、情報感度の高いリーダー向けの総合誌)

「脱原発」(ゲアハルト・シュレーダー前ドイツ首相) (47NEWS 特別連載 3-11文明を問う 大型国際インタビュー企画)
・・ドイツの「脱原発」政策も、福島原発事故直後にメルケル首相が決断したという印象がつよいが、そもそも2000年に当時のシュレーダー首相が打ち出した政策であることは確認しておいたほうがいい。シュレーダー氏は、産業界の激しい抵抗を押し切って2020年までに「脱原発」することを決定した

南欧諸国に必要なのは「シュレーダー改革」だ-ドイツの経常黒字に改めて批判の声 (熊谷 徹、日経ビジンスオンライン 2013年12月5日)

ドイツの財政黒字達成は、なぜ批判されるのか (熊谷 徹、日経ビジンスオンライン、2014年10月23日)






<ブログ内関連記事>

書評 『イラク建国-「不可能な国家」の原点-』(阿部重夫、中公新書、2004)-「人工口国家」イラクもまた大英帝国の「負の遺産」
・・FACTA編集長の阿部重人氏の在英中の研究をまとめたもの。FACTA創刊によりこの研究は中断しているのが残念


「再統一」後の現代ドイツ

書評 『ユーロ破綻-そしてドイツだけが残った-』(竹森俊平、日経プレミアシリーズ、2012)-ユーロ存続か崩壊か? すべてはドイツにかかっている

書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?

書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!

ベルリンの壁崩壊から20年-ドイツにとってこの20年は何であったのか?

書評 『あっぱれ技術大国ドイツ』(熊谷徹=絵と文、新潮文庫、2011) -「技術大国」ドイツの秘密を解き明かす好著

書評 『ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文藝春秋社、2012)-欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「欧州比較国民性論」とその教訓
・・ドイツの金融界がアングロサクソン型に舵を切ったことが活写されている。その転換がもたらした問題も含めて「ルールを偏愛するがゆえの脇の甘さ」という指摘も鋭い


■「変革」のリーダーシップ

「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)でリーダーシップの真髄に開眼せよ!-ケネディースクール(行政大学院)のハイフェッツ教授の真剣授業

サッチャー改革

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた





(2017年5月18日発売の新著です)


(2012年7月3日発売の拙著です)







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2014年1月19日日曜日

かつてバンコクは「東洋のベニス」と呼ばれていた・・

(バンコク市内の水上バス)

「東洋のベニス」というフレーズがある。いまではすっかりイタリア風にヴェネツィアというのがあたりまえになっているが、かつては英語のヴェニスを日本人はベニスと表記していたのである。

ヴェネツィアはイタリア北部のアドリア海に面した「海洋国家」で、マルコポーロ以来、「東洋への窓口」として生きてきた。「ヴェネツィア映画祭」で日本をはじめとするアジア人監督の作品の受賞が多いのは、そうしたヴェネツィアの歴史によって形成されてきた風土があるからだろう。

ヴェネツィアが、水と共生してきた都市国家の長い歴史を有していることは、塩野七生の名作 『海の都の物語』で日本人にも親しいものとなってきた。また、須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』など、日本でもヴェネツィアを舞台にした作品は多い。

ヴェネツィアは「水の都」と呼ばれることも多い。ロシア帝国の首都であったサンクト・ペテルブルクは「北のベニス」と言われてきた。オランダのアムステルダムをモデルの設計されたペテルブルクもまた、運河の多い美しい港町である。

(これが本家本元のベニス=ヴェネツィア 筆者撮影)

「●●という町は▲▲のベニスと言われてきた」という記述は多いのだが、逆に「▲▲のベニスと言われてきたのは●●である」という記述が意外に少ない。

では「東洋のベニス」とはどこを指しているのか? 

まずは、日本でもファンの多い中国は江南の蘇州であろう。蘇州は、わたしはまだ訪れたことがないのがじつに残念なのだが、写真や映像で見る限り、日本人好みの漢詩的な風景がいまでも保存されている、たいへん風情のある観光名所だ。

縦横に張り巡らされた水路が旅情を誘う蘇州だが、日本でいえば福岡県の柳川や佐賀県の佐賀市の「クリーク」(creek)ようなものか。江南の地の水路はかつては日本でもクリークと呼ばれていたようだ。ノスタルジックで風情ある、まさに絵になる風景である。

かつてバンコクもまた、「東洋のベニス」と呼ばれていたことがあるのをご存じだろうか。19世紀の頃だ。西欧人がそう命名したのである。

バンコクはいまでは水路が埋め立てられて、そのほとんどが道路となってしまっているが、かつては縦横に水路が張り巡らされた文字通りの「水の都」だったようだ。これは東京も同じようなものだろう。

(お茶の水 神田川にかかる聖橋 筆者撮影)

東京には数寄屋「橋」や京「橋」、それに日本「橋」といった地名が現在も残っているが、そこには水路も橋も存在しない。数寄屋橋が水路のままだったら、どれだけ風情のあることだろうか。バンコクもまた同じである。

(東京・月島付近 隅田川ウォーターフロント)

厳密には東京都内ではないが、東京ディズニーランドが立地する東京湾岸の千葉県浦安市は、「3-11」の大地震の際に大規模な液状化が発生したことが記憶にあたらしい。

バンコクもまた、ヴェネツィアと同様に地盤沈下という問題を抱えている。かつてのような美しさはすでに失われているが、水辺の弱い地盤という地質学的な状態にかんしては、現在でも「東洋のベニス」であることは確かなのである。


クロンというタイの水路

バンコクの水路はタイ語でクロン(klong)という。水路はすべてが埋め立てられたわけではなく、市街地のなかに生き残っている。

水路を生活に利用しているバンコクの姿は、Klongs - Thai Waterways and Reflections of Her People (Pamela Hamburger, 2008)というカラーの写真集がおすすめだ。バンコクで出版されたこの写真集は現在は電子書籍化されて Kindle で見ることができる。外交官の妻であるアメリカ人アーチストによるものだ。

(バンコクの水路をテーマにした写真集)

タイ人自身によるものとしてはスラット・オスタヌグラフ氏(1930~2007)の『グッバイ・バンコク Goodbye Bangkok』(バンコク、2003)というモノクロの写真集がじつに味わい深い。たまたまバンコク市内の洋書店でみかけて、気に入ったので購入したものだ。

(「消えゆくバンコク」を写したタイ人写真家の写真集)

スラット氏はリタイア後に本格的に写真をはじめた人らしいが、1999年から2001年にかけて撮影されたモノクロ写真の数々を見ていると、写真家が水辺で暮らす人々の日常生活に抱いている古き良きバンコクを愛惜する気持ちが伝わってくる。Vanishing Bangkok (消えゆくバンコク)という写真展(2002年)のサイトをみてみるといいだろう。

この記事の冒頭に掲載した写真は、ジム・トンプソンハウスの裏にある水路。ヴェネツィアのヴァポレット(Vaporetto)と同様、現在でもバンコクでは水上バスが現役である。

道路の混雑ぶりは、BTS(高架鉄道) ができても MRT(地下鉄)ができてもいっこうに改善される見込みがないが、水上バスは混雑とは無縁のようだ。

ただし、バンコクの水路には生活排水が流れ込み、ゴミも不法投棄されていて汚染されている。悪臭を放つドブのようなものも多い。

水上バスの乗客は、水路の汚染水の水しぶきを浴びないように気をつける必要がある。水上バスにはビニールシートが貼ってあるが、十分ではない。


「東洋のベニス」だった頃の前近代のバンコク

バンコクの水路が「東洋のベニス」と呼ばれていた頃はどんなものだったのか想像してみるには、観光スポットになっている水上マーケット(floating market)を訪れてみればいい。


あるいは隣国ミャンマーのインレー湖を訪ねてみるといいだろう。生活のほぼすべてがモーターボートや小舟の利用によっている。三度目のミャンマー、三度目の正直 (2) インレー湖は「東洋のベニス」だ!(インレー湖 ①)というブログ記事を参照されたい。

前近代のタイの水路を想像するのは、『ナン・ナーク』(1999年)のようなタイ映画をみるとよいだろう。

(タイ映画 『ナン・ナーク』 予告編より)

『ナン・ナーク』(Nang Nak)は、19世紀の実話に基づいた定番の怪奇映画で、1999年製作の最新版が映像とゆったりした時間の流れがいかにもノスタルジックなものを感じさせる映画のなかではバンコクと近郊の農村を水路をつかって舟で縦横に移動するシーンがたくさんでてくる。

『ナン・ナーク』の舞台プラカノーンは現在はバンコク市内になっているが、水路は現在でも現役である。『ナン・ナーク』については、書評 『怪奇映画天国アジア』(四方田犬彦、白水社、2009)-タイのあれこれ 番外編-で触れている。


「水の民」であるタイ人

タイ人は「水の民」だというのは日本のタイ研究の草分けであった石井米雄氏がなんども強調していたことだ。

タイ族は基本的に北から南下してきた民族で、メコン川、チャオプラヤー川などの主要水系によって習俗も異なるという。タイは東西方向のの平面ではなく、南北方向の水系単位で見よ、ということだ。基本的に中国の雲南方面の山岳地帯から南下してきたのがその歴史である。


(バンコク中心部を流れるチャオプラヤー川 平常時でも水かさがある)

エジプトのナイル川ではないが、タイのチョプラヤー川もまた、上流から運ばれてきた肥沃な土壌が稲作に欠かせないものであった。大洪水は大きな問題だがそう頻繁におこるものではない。多少の増水は想定内のものであるし、稲作農業には欠かせないものなのだ。

工業団地の工場の多数が水没(!)するという事態が発生したのだが、水田地帯を埋め立てて工業団地を造成したのである以上、ある意味では避けられないことであったのかもしれない。バンコクは、チャオプラヤー川が大きく蛇行するデルタ地帯の砂州に形成された、地盤のきわめて弱い都市である。

ウィットフォーゲルの『オリエンタル・デスポティズム』(東洋的専制主義)は、水利社会論から中国社会の本質を解明した大作だが、ウィットフォーゲルが政治的支配を生み出す源泉として着目したのは「水の管理」という観点である。

ウィットフォーゲルの区分によれば、「遊牧」、「牧畜」、「天水農法」、「灌漑農法」が区分されるが、「灌漑農法」のもとで巨大官僚制による管理が成立した典型が中国であり、とくに中国北部がそれに該当する。ロシアもまた「東洋的専制主義」そのものであると指摘されている。

タイは日本と同様に「天水農法」に分類される。水にめぐまれた風土では、中国のように人間のチカラで大規模に水利を管理しようという発想が生まれにくい。自然にさからわず、自然のめぐみを享受するという発想だ。ときには自然の猛威に翻弄されることもあるとはいえ・・・。

(欧米人にはタイ人は「水の民」というイメージがある)

水との共生、水とともに生きる人々。この点に日本人が無意識レベルでタイに引かれる側面があるのかもしれない。だが現実には、エンターテインメントや食事など別の要素がタイとバンコクへと日本人をいざなう要因となっている。

いつの日か、バンコクがふたたび「東洋のベニス」と呼ばれていたことが思い起こされるといいのだが・・・。ポストモダン(後近代)の観光資源としては仏教寺院などよりもはるかにリピーターを呼び寄せることのできるものになるはずと思うのだ。

だが、そのためにはまず水路網の再整備と水質浄化が課題となる。まだまだ開発経済の渦中にあるタイとバンコクには、それは期待してもムリな話かもしれないが・・・。


(バンコク市内を蛇行するチャオプラヤ川 『新詳高等地図』(帝国書院)より)


PS 2012年の秋にバンコクも大きな被害を受けた大洪水の際に書き始めたまま放置していた原稿だが、現在は野党になっている「黄色シャツ派」が呼びかけている「バンコク封鎖」(Bangkok Shutdown)にかかわらず、対策として水上バスを使って通勤する人も少なくないことを知って、執筆を再開することにした。もっと文章を練るべきなのだが、いつまでも放置していても仕方ないので、仕上がり具合はあまりよいとは思わないがアップすることにした次第。 (2014年1月19日 記す)。






<参考文献>

●『タイの水辺社会-天使の都を中心に-(水と<まち>の物語)』(高村雅彦=編著、法政大学出版局、2011)
●『バンコクの高床式住宅-住宅に刻まれた歴史と環境-(ブックレット≪アジアを学ぼう⑨≫』(岩城孝信、風響社、2008)
●『東南アジアの自然 講座東南アジア学②』(高谷好一=編集責任、弘文堂、1990) 「第Ⅲ部 世界のなかの東南アジア 7章 稲作と水利」






<関連サイト>

スラット・オスタヌグラフ氏のウェブサイト (英語)

スラット氏のfacebookページ (英語)

タイ映画「ナンナーク」 日本版予告編


<ブログ内関連記事>

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである


バンコクへの渡航は自粛を!-タイの大洪水と今後の製造業立地の方向性について (2011年10月26日)
・・チャオプラヤー川とバンコクの関係について

ひさびさに隅田川で屋形船を楽しむ-屋形船は東京の夏の楽しみ!

書評 『そのとき、本が生まれた』(アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ、清水由貴子訳、柏書房、2013)-出版ビジネスを軸にしたヴェネツィア共和国の歴史

(2014年5月11日 情報追加)






(2012年7月3日発売の拙著です)





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