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2014年4月23日水曜日

(書評再録) 『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』(ロマノ・ヴルピッタ、中公叢書、2000)-いまだに「見えていないイタリア」がある!


ムッソリーニを独裁政治家としての後半生よりも、ファシスト党が政権を取るにいたるまでに重点をおいて描いた戦後日本ではほぼ始めてのムッソリーニ伝。(日本語による執筆)

思想家として、雄弁家として、政治家としてのムッソリーニ像はきわめて新鮮である。ファシズモにある種の「エラン・ヴィタール」(ベルグソンのいわゆる「跳躍する生」)を感じてきたイタリア人によるこのムッソリーニ伝は、統一国家となって以後の近代イタリア史についての、知られざる側面も伝えてくれる。

現在のイタリアで、いまだムッソリーニ人気が衰えない理由もわかるような気がする。

戦後の日本では、ネオリアリスモのイタリア映画を通じて、どちらかというと左翼的な、労働運動的なイタリア像がまずあり、これがバブル期にはイタ飯ブームによる「生活を楽しむ」イタリア人のイメージに変わっていったのだが、本書はわれわれには見えていないイタリアがあることを示してくれる点において貴重である。

われわれ自身、日本が実に多様な要素によって成り立っていることを知っていながら、他国については一面的にしか見ていない事実がある。

複眼的思考が要求される。


(初出情報 2001年3月28日 bk1に投稿掲載 原文のまま)




目 次

序章 ムッソリーニというイタリア人
第1章 鍛冶屋の息子
第2章 放浪と反抗の時代
第3章 ローマへの道
第4章 全体国家の形成
第5章 女性遍歴
第6章 試練としての戦争
第7章 幻の共和国
終章 ムッソリーニの神話 ムッソリーニ関連年譜
参考文献
後記
人名索引

著者プロフィール

ロマノ・ヴルピッタ(Romano Vulpitta)
1939年、ローマに生まれる。1961年(昭和36年)ローマ大学法学部卒。東京大学に留学後、1964年イタリア外務省入省。駐韓イタリア大使館二等書記官、駐日イタリア大使館二等書記官、後に一等書記官を務める。1972~1975年、ナポリ東洋大学院原題日本文学の担当教授。1975年、欧州共同体委員会駐日代表部次席代表。京都産業大学経営学部教授(ヨーロッパ企業論、日欧比較文化論)を31年間つとめ2009年退官、現在は名誉教授。著書に『不敗の条件-保田與重郎と世界の思潮-』。(奥付の著者紹介文とネット上の情報から筆者編集)。





PS 2017年8月7日に「ちくま学芸文庫」より文庫化で復刊!

『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』のタイトルのまま「ちくま学芸文庫」より2017年8月7日に文庫化されました。たいへんうれしいことであります。ぜひ文庫版でお読みいただきたいと思います。(2017年8月11日 記す)





<書評への付記> (2014年4月23日)

2001年に執筆した書評を「再録」したが、あらたに関連事項を書き加えておきたい。


ムッソリーニに関する本は日本語でも何点か出版されているので読んでいるが、『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』は独自の立ち位置から執筆されている。

まずは、イタリア人が日本語で書きおろしたという点。そして、愛憎を越えてイタリア人の関心の的でありつづけたムッソリーニを描いている点。

ムッソリーニは、「統一国家イタリア」の栄光と挫折を一身に背負った人物であった。明治維新が1868年、ドイツ統一が1872年、イタリア統一(リソルジメント)は日本とドイツに先駆けて1860年に達成している。ほぼ同一時期に国家統一を成し遂げ、近代国家として歩み始めたのである。

ファシズムとは、もともとのイタリア語のファッショからきたコトバである。古代ローマにさかのぼることができる。ファッショとは藁束のこと。藁を束ねるという意味を比喩的につかって、バラバラになりがちな国民を束ねるという意味に転用したのがファシズム(・・イタリア語ではファシズモ)である。

イタリアのファシズムとドイツのナチズムは別物である。そもそもこの陽気なムッソリーニと陰気なヒトラーは最初は折り合いが悪くお互い嫌いあっていたのだが、手を結ばざるを得なくなったのである。イタリアが戦争に敗れたのち、ナチスドイツがイタリアを占領したことで、ユダヤ人迫害という悲劇が起こった。

『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』のような良書が文庫化されることもなく埋もれてしまっているのは、じつに惜しいことだ。

ムッソリーニの孫娘がイタリアの国会議員に当選したときに世界的なニュースになったことを思い出すが、イタリアにも右派が存在することはアタマのなかに入れておきたい。現在の右派はムッソリーニのファシズモというよりも、いわゆる「新右翼」と呼ばれる排外主義的な性格をもったものであるが。

著者にはもう「一冊、『不敗の条件-保田與重郎と世界の思潮-』(中公叢書、1995)という本があって、こちらも日本語で執筆されている。わたしは日本人であるが、この本によって、はじめて日本浪漫派の保田與重郎について知った『ムッソリーニ』に先だって書かれた本書は、ぜひ一緒に読むべき本である。

『不敗の条件』は、イタリアのファシズム思想を踏まえたうえでの、精神の同質性を保田與重郎に見出した著書による共感に満ち溢れた本。

ヴルピッタ氏の日本語による言論活動によって、日本人が知らない日本日本人が知らないイタリアについて紹介していただいた。ここにあらためて感謝したい。



目 次

緒言 みやこの身余堂と大和の桜井-保田與重郎の二つの文化
第1章 保田與重郎との出会い-文化と世代の溝を超えて
第2章 古典の読解に於ける東と西-保田與重郎とエズラ・パウンドの場合
第3章 歴史の超克に於ける東と西-保田與重郎とミルチャ・エリアーデの場合
第4章 保田與重郎の「日本」-日本イデオロギーはありうるか
第5章 敗北と不敗-文人としての保田與重郎
結語 義仲寺のこと-保田與重郎の将来
後記
参考・引用文献一覧
関連年表



<関連サイト>

保田與重郎文庫(新学社)
・・ヴルピッタ氏も編集に関与した文庫版選集

続・言いたい放だい 2008年10月18日放送 (YouTube)
・・前衛芸術家でパフォーマンス・アーチストの秋山祐徳太子が小説家の田中小実昌から教わったという「イタリア・ファシスト党歌」を披露している。三島由紀夫も「ヒトラーよりもムッソリーニのほうが好き」だというエピソードが披露され、ムッソーリニ談義が西部邁(にしべすすむ)と文芸評論家の富岡幸一郎とのあいだで繰り広げられている(4分40秒以後)
⇒ 「西部邁(にしべすすむ)ゼミナール」と秋山祐徳太子 も参照

イタリア ファシスト党歌 ジョヴィネッツァ (Giovinezza)
・・「青春」(Giovinezaa)というほがらかで明るい曲



<補論> ムッソリーニより人気のあったダヌンツィオ

最終的にムッソリーニが「ローマ進軍」によって国民の喝采を受け、総統(ドゥーチェ)としてイタリアを率いることになったが、当時ムッソリーニより人気のあったのが耽美派の詩人ダヌンツィオ(1863~1938)である。

詩人であり小説家であり劇作家でもあった。かつては日本でもそうとう読まれたらしいが、いまでは日本では知る人も少ないだろう。

ほとんど忘れられているが、『罪なき者』という小説はヴィスコンティ監督の『イノセント』という映画の原作なので、間接的にダヌンツィオに接することはできる。

ダヌンツィオは文学者であったが愛国者であり、第一次世界大戦には志願して従軍、戦闘機パイロットとしてみずから操縦桿を握り、飛行中の事故で右目を失っている。まさに行動派文学者の名誉の負傷である。

大戦終了後は、みずから司令官となって私設武装集団を率いて「未回収のイタリア」であったフィウーメ占領を行い、お騒がせ者として世界的に有名になっている。

『ダヌンツィオの楽園-戦場を夢見た詩人-』(田之倉稔、白水社、2003)という本が、『ムッソリーニ-一イタリア人の物語-』(ロマノ・ヴルピッタ、中公叢書、2000)出版後にでていた。これも現在は長期品切れのようだが、ソ連崩壊後の2000年代前半は、さまざまな面で歴史見直しが行われたのだろうか。

機会があれば、ぜひ一読することをすすめたい。


ダヌンツィオといえば三島由紀夫であろう。三島由紀夫がダヌンツィオをなぞった(?)ように、行動する文学者として最期をまっとうしたのはけっして偶然ではない。

じっさい、三島由紀夫がダヌンツィオ好きだったことも覚えておくといいだろう。ムッソリーニも好きだったらしい。陰気なヒトラーではなく、陽気な知識人ムッソリーニを好んでいたこともまた。

三島由紀夫がダヌンツィオ好きだった点については、作家・筒井康隆の『ダンヌンツィオに夢中』(中央公論社、1989)が面白い。文庫版が1996年に出版されているが、こちらも長期品切れ状態のようで残念だが、三島由紀夫論としてもダヌンツィオ論としても一読をすすめたい一冊である。(ただし、この本はダヌンツィオ論だけではない評論集)。




「ダンヌンツィオに夢中」で検索したら、「生誕150周年記念展「ダンヌンツィオに夢中だった頃」という企画展が京大総合博物館で開催されていたことを知った。開催期間は、2014年01月22日~2014年3月9日とある。

つい最近のことではないか! 残念!! ぜひ東京でも開催してくれるとありがたいのだが・・・




<参考>

『現代イタリアの極右勢力-第二次世界大戦後のイタリアにおける急進右翼-』(フランコ・フェラレージ、高橋進訳、大阪経済法科大学出版部、2003)という研究書も日本語に翻訳されている。極左テロだけでなく極右テロも頻発していることは、NHKの特集番組でヴェネツィアの事例が取り上げられていたのを見た記憶があるのだが、番組名を思い出せないのが残念だ。



<ブログ内関連記事>


「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
・・ヴルピッタ氏は発起人の一人として名を連ねている


日本で活躍したイタリア人

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・・金融ビジネスマンとして長く日本にかかわったイタリア人ヴィットリオ・ヴォルピ氏の著書2冊の紹介

イタリア関連

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)
・・アッシジのフランチェスコという存在は現在のイタリアでもひじょうに大きい

賢者が語るのを聴け!-歴史小説家・塩野七生の『マキアヴェッリ語録』より
・・イタリアで作家活動をつづけている塩野七生のイタリアもの

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・・マリア・モンテッソーリは医学博士で幼児教育の専門家として世界的に著名

書評 『プリーモ・レーヴィ-アウシュヴィッツを考えぬいた作家-』(竹山博英、言叢社、2011)-トリーノに生まれ育ち、そこで死んだユダヤ系作家の生涯を日本語訳者がたどった評伝
・・ファシズム下のイタリアにおいてはユダヤ人迫害はなかったが、ムッソリーニ失脚後、ドイツ軍に占領されたイタリアではユダヤ人が絶滅収容所に送り込まれることになる。作家プリーモ・レーヴィは数少ない生き残り。レーヴィ自身は反ファシストのレジスタンス運動にかかわって逮捕され、そこでユダヤ人とわかったため、その他のイタリア人とは運命を異にすることになる

ドニゼッティのオペラ 『ロベルト・デヴェリュー』(バイエルン国立歌劇場日本公演)にいってきた

20年ぶりのオペラ『アイーダ』

三宅一生に特注したスティーブ・ジョブズのタートルネックはイタリアでは 「甘い生活」(dolce vita)?!
・・首都ローマを舞台にした戦後イタリアを代表するフェリーニ監督の映画


須賀敦子については、拙著『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房、2012)のなかではすこし触れているが、まだこのブログに記事を書かないまま現在に至っている。カトリック左派という立ち位置が、かならずしもイタリアでも多数派ではないことは日本人読者は知っておくべきだと思う。



戦前のファシズムと戦後社会

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・リアルタイムでファシズムを観察していたドラッカーは、イタリアのファシズムとドイツのナチズムが別物であることを的確に見抜いていた

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える
・・「第4章 ムッソリーニ、ヒトラーへの傾斜-バチカン市国成立と第二次世界大戦」を参照。ムッソリーニと結んだラテラノ条約(1929年)によってバチカン市国が独立した主権国家として確立

「憂国忌」にはじめて参加してみた(2010年11月25日)
・・ムッソリーニやダヌンチオが好きだった三島由紀夫

書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは
・・ファシズムに徹しきれなかった点は、日本はイタリアでもドイツでもなかった

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く 
・・「ユース・バルジ」という「人口爆発」による若年層男子の行き場の無さがファシズムにつながったと説く著者の見解は、なによりも「青春」を礼賛したムッソリーニを考えると納得がいく

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』を見て考えたこと
・・「イタリアで1978年におきた、極左暴力集団「赤い旅団」によるモロ首相誘拐監禁殺害事件は、イタリア現代史では「鉛の時代」とよばれた時期にあたるものだが、2003年には、マルコ・ベロッキオ監督による『夜よ、こんにちは』(Buongiorno notte)が製作されている。日本では2006年に公開された」

(2014年6月17日 情報追加)


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