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2014年12月14日日曜日

書評 『渋沢栄一-社会企業家の先駆者-』(島田昌和、岩波新書、2011)-事業創出のメカニズムとサステイナブルな社会事業への取り組みから "日本資本主義の父"・渋沢栄一の全体像を描く


「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一を「社会企業家の先駆者」として描いた、一般向けだが中身の濃い一冊である。これ一冊で渋沢栄一の全体像を掴める、無駄のないコンパクトな構成である。

よりよい社会を構築するために、民間ビジネス分野の事業プロデューサー的役割を果たした渋沢栄一。日本社会を近代化し高度化するための基盤構築のために組んだ膨大な営利企業の事業創造、そして資本主義の矛盾を解消するための社会事業創出の取り組み。この両者があってこそ、「日本資本主義の父」という呼称がふさわしいことが実感される。

本書には、渋沢栄一が「官尊民卑」打破というスローガンと、「民」主導の社会理想実現にあたっての困難を乗り越えるうえでのブレない理念、そしてその限界と挫折を乗り越えての現実的な対応の92歳の生涯が描かれている。

古いしきたりと序列を打破してきた新興豪農の家に生まれた若き日の原点から説き起こしているだけでなく、ビジネス界に入ってからの渋沢栄一を詳細に跡づけたことが本書の最大の特徴となっている。この点を押さえておかないと、社会企業家の意味が正確に把握できないからだ。

渋沢栄一にはもちろん限界もあった。理想が完全に実現できたわけではない。現代からみた評価も大事だが、時代のコンテクストのなかで捉えることが重要だ。そのときどきの状況で、いかなる現実的な問題解決を行ってきたか。それが現実主義に立脚した実務家のスタイルであり、その実践に渋沢栄一の思想を見ることも可能なのである。

実践家の思想は、渋沢栄一の場合でいえば、『論語と算盤』などの言行録だけで判断するのは不十分なのである。事にあたっていかなる判断をし、問題解決の意志決定を行ったか。そこに思想がおのずから表現されているのである。、


渋沢栄一の事業創造とマネジメント・スタイル

本書によれば、渋沢栄一が取り組んだ営利事業は以下の二つがもっとも多い。後者のインフラ関係の事業は、民間企業によるものだが公益性が高い。

1. それまでの日本には存在しなかったまったく新しい西欧の知識や技術を導入した事業
2. 近代ビジネスに不可欠な社会基盤構築にかかわる事業

また、営利事業に取り組む際の原則は以下のようなものであった。

1. 基本的に一業種一社
2. 同一業種でも複数の役職につく場合は地域的に重複しないことを基本原則

「一業種一社」の原則は、大手広告代理店や大手コンサルティング会社のクライアント契約方針を想起させるものがある。あるいは、ロサンゼルス・オリンピックを商業的に成功させたピーター・ユベロスのスポンサー設定手法もそうだ。さすが近代ビジネスのプロデューサー渋沢栄一が敷いたレールが、いかに時代に先んじていたかがわかる。

渋沢栄一は第一国立銀行を司令塔にして事業創造を行ったわけだが、基本的にみずからが発起人となって株主を募集して会社を設立し、みずからも出資したうえで事業が軌道に乗れば株式の一部を売却し、そのキャピタルゲインをつぎの事業に投入するという形で、連続的に事業創造を行っていたようだ。現在風にいえばシリアル・アントレプナーのようなものか。

株主として経営参加がその基本形態であった。株式をつうじて小口の資金を集めて大規模な資本金とするモデルがいわゆる「合本主義」であったが、この理想を貫くためには、株主間の複雑な利害対立を調整し、合意形成を図る必要がある。

現在とは異なり、株主資本主義の原則が貫かれていた明治時代においては株主総会がそのメインイベントであったわけだが、それ以外のさまざまな機会をつうじて、渋沢栄一は調停役演じていた。直接人と会って話をするというスタイルでそれを行っていたようだ。

数字をみるだけでなく、直接人にあって報告を受け、相談に応じて指示を出すというスタイルで複数の上場企業を同時並行に経営するためには、分刻みのスケジュールが必要となる。このため第一国立銀行と事務所があった兜町を中心に動ける範囲に事業を集中させていただけでなく、最新の交通手段を駆使し、最新の情報通信手段をフルに活用していたようだ。現代のエクゼクティブ以上の激務を効率的にこなし、かつ社会全体のこともつねに考えていたのである。

渋沢栄一のマネジメント・スタイルとして人の面についてみると、非財閥系の会社モデルを志向していたため、いわゆる腹心の部下(=ナンバー2)をつくらずに、出資パートナーや事業パートナーと組む形でトップマネジメントは押さえ、ミドルマネジメント層は、みずからも設立に関与していた商業学校を人材供給源にし、専門能力をもった人材を適材適所に配置するというスタイルをとっていた。

詳しい内容はぜひ直接本文を読んで確認していただきたい。複数の事業経営を効率的に遂行するための渋沢栄一メソッドが読み取れるはずだ。


■社会事業への取り組み

渋沢栄一は、上記のようなスタイルで膨大なビジネスを生み出していったわけだが、この事業創造とマネジメント・スタイルは、教育やその他の社会事業においても、そのままヨコ展開していたことに注目する必要がある。

社会事業や公共事業も、あくまでも民間ビジネスと同様に、経済的に自立していないと事業としての持続性がない渋沢栄一は、そのための仕組みの構築に注力していたのである。「社会企業家」の先駆者とはそういう意味だ。

資本主義の矛盾解消のための労使協調、ビジネスの倫理性を強調する取り組み、ビジネス支援のための金融経済政策提言などなど。本書では日米関係悪化阻止の取り組みについては扱われていないが(・・『渋沢栄一 日本を創った実業人』『渋沢栄一 上下』を参照)、あくまでも実業家としての立ち位置を守りながら、「民」主導のよりよい社会構築に尽力した姿勢に学ぶべきものは多い。

本書のテーマが「社会企業家(ソーシャル・アントレプルナー)の先駆者」としての渋沢栄一にある以上、経済や経営にかんする知識がある程度まで求められるが、それさえクリアできれば新書本だが充実した読後感をもつことができるだろう。

渋沢栄一を専門に研究してきた経営史の研究者の手になるだけに、実証を踏まえた堅実で手堅い内容で、教えられることも多い歴史に学ぶビジネス倫理のケースとして、ぜひ読むことを薦めたい一冊である。

 

目 次

はじめに
第1章 農民の子から幕臣へ-才覚を活かせる場を求めて 
 1. 養蚕・製藍農家の長男として 
 2. 一橋家の家臣になる 
 3. パリ万国博覧会への参加 
 4. 静岡藩・新政府へ出仕 
 5. どのようにキャリアを形成したか
第2章 明治実業界のリーダー-開かれた経済の仕組みづくり 
 1. 第一国立銀行を創設 
 2. 近代産業創出のシステムづくり 
 3. 関わったビジネスの全体像 
 4. 多くの会社設立への尽力 
 5. 株主総会で力を発揮 
 6. 資金面からみた経営術
第3章 渋沢栄一をめぐる人的ネットワーク  
 1. コンパクトなビジネス空間の創出
 2. 多様な人材による経営サポート 
 3. 会社運営チームの派遣 
 4. 竜門社による次世代経営者の育成 
 5. 地縁・血縁者たち 
 6. 新しい渋沢家の創出
第4章 「民」のための政治をめざして-自立のための政策を提言  
 1. 日清戦後の経済政策と経済動向 
 2. 清国賠償金問題 
 3. 金本位制問題をめぐって 
 4. 外資導入問題の是非 
 5. 鉄道国有化問題での葛藤 
 6. 鉄道抵当法問題への積極的な関わり 
 7. 保護主義の是認へ 
 8. 強い「民」への期待と挫折
第5章 社会・公共事業を通じた国づくり    
 1. 実業教育への強い関心 
 2. 私立商業学校の支援 
 3. 社会事業への献身 
 4. 思想統合の試みと挫折 
 5. 協調会と修養団 
 6. 新たな労使関係の模索
おわりにかえて-渋沢の構想した近代社会
あとがき
年譜
参考文献
索引



著者プロフィール
島田昌和(しまだ・まさかず)
1961年東京都生まれ。1993年明治大学大学院経営学研究科博士課程単位取得満期中退。現在、文京学院大学経営学部教授。専攻、経営史、経営学 博士(経営学)。
著書は、『日本経営史3「大企業時代の到来」』(共著、岩波書店、1995)、『ケースブック 日本企業の経営行動4「企業家の群像と時代の息吹き」』(共著、有斐閣、1998)、『日本の企業間競争』(共著、有斐閣、2000)、『失敗と再生の経営史』(共著、有斐閣、2005)、『岩波講座「帝国」日本の学知 第2巻「「帝国」の経営学」』(共著、岩波書店、2006)、『渋沢栄一の企業者活動の研究』(日本経済評論社、2007)、『進化の経営史』(編著、有斐閣、2008)ほか。(出版社サイトより) 
  

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日印交流事業:公開シンポジウム(1)「アジア・ルネサンス-渋沢栄一、J.N. タタ、岡倉天心、タゴールに学ぶ」 に参加してきた

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった

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・・"Patient Capital" というソーシャルファンドについて

(2014年12月20日、23日 情報追加)



(2021年11月19日発売の拙著です)


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