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2015年7月18日土曜日

書評 『三商大 東京・大阪・神戸-日本のビジネス教育の源流-』(橘木俊昭、岩波書店、2012)-日本のビジネス教育の系譜を「実学の府」にさぐる


「三商大」という表現にすぐにピンとくるのは、一橋大学と神戸大学、そして大阪市立大学の関係者であろう。

これらの新制大学はいずれも戦前は、それぞれ東京商科大学、神戸商業大学、大阪商科大学という名称で知られていた。いわゆる「商大」である。この3つの「商大」を総称して「三商大」というのである。「三商大」関係者でないと、すぐにはわからないかもしれない。

「三商大」の名称は、現在でも三大学のあいだではゼミナール活動や部活動をつうじて使用されており、相互に訪問しあって交流を深めている。「見えざるネットワーク」のひとつというべきであろうか。

現在では日本でもアメリカ型の大学院教育である MBA(経営学修士)が普及してきているが、それ以前はビジネス教育の担い手はもっぱら学部レベルの商学部や経営学部が担ってきた。その裾野には全国各地の商業高校やビジネス関連の各種専門学校がある。

副題が「日本のビジネス教育の源流」とあるように、本書は、戦前の「商大」時代のビジネス教育について、東京商大(=一橋大学)を筆頭に、大阪商大(=大阪市立大学)、神戸商大(=神戸大学)、そして「三大高商」(・・高商とは高等商業高校の略)と呼ばれた長崎高商、小樽高商、横浜高商についてくわしく取り上げている。

著者自身、経済学者であるだけでなく、学部は小樽商大(=小樽商科大学)出身とのことなので、このテーマを語るのはふさわしいポジションにあるといえよう。小樽商大は現在でも一橋大学とは密接な関係を保っている大学である。わが恩師の阿部謹也先生も、いちばん最初の赴任先は小樽商大であった。

わたし自身は一橋大学(=東京商大)の出身であるので、書かれている内容についてはほとんどが既知のものであるが、こういう形で一般書として全面的に取り上げていただくのはたいへんありがたい。なぜなら、一橋大学はビジネス界と受験界ではダントツの存在感がありながら、一般的な知名度がイマイチだからだ。

本書を読んでいただきたいのは、「三商大」関係者もさることながら、むしろかならずしもそうでない方々である。

というのも、いまでこそビジネス、とくに企業家が先導して世の中を変えていくという重要な事実が世の中全体で認識されるようになってきているが、「官尊民卑」の近代日本においては「民」そのものであるビジネス教育は、江戸時代から変わることなく不当にも低く位置づけられてきたためからだ。「実学」蔑視の感覚は、現在でも文部科学省には旧帝国大学に劣位する存在として、根強く残存しているという印象をわたしは抱いている。経済産業省との違いである。

じっさい、東京商大は戦前(!)においてなんども存亡の危機に遭遇しながら乗り切ってきたが、これらの危機はみな文部省サイドにおけるビジネス教育の無理解と、「官」中心の発想がもたらしたものであった。

明治維新後の「近代化」において、ビジネス教育の重要性を理解し、積極的にそれを推進したのが文教族の元祖である森有礼(もり・ありのり)といった政治家や、日本資本主義の父・渋沢栄一、そして啓蒙思想家で慶應義塾大学の創立者・福澤諭吉といった人々であった。いずれも留学やビジネスなどをつうじて米国と深くかかわっていた人たちだ。かれらが一橋大学の出発点である商法講習所の設立にかかわったのである。商法講習所は「私塾」として出発したのである。

当時の先進国は英国であり、また米国というビジネス立国であったのだが、明治日本のビジネス教育は当時最先端であったベルギーのアントワープ高等商業学校をモデルにしたという。これは意外なことかもしれない。

ロースクール(=法科大学院)における判例研究が、ビジネス教育において事例研究として「ヨコ展開」されたのが1930年代のハーバード・ビジネス・スクールであるが、日本のビジネス教育においてはケースメソッドは長く導入されなかった日本では座学中心の専門教育と教養教育が中心となったのだが、この功罪については議論のわかれるところであろう。現在はようやくケースメソッドが普及しはじめた段階だ。

「三商大」のいずれも現在では総合大学として(・・一橋大学は学部として理工系はないが研究者養成の大学院を備えた総合大学である)存在しているのは、大学という制度そのものの日本的な発展の歴史があるためである。ちなみに現在の一橋大学は、6大学院4学部体制となっている。

経済学の立場から大学の発展史について執筆してきた著者は、すでに 『早稲田と慶応-名門私大の栄光と影-』(講談社現代新書、2008)『東京大学-エリート教育機関の盛衰-』(岩波書店、2009)『京都三大学 京大・同志社・立命館-東大・早慶への対抗-』(岩波書店、2011)という著書があるが、「実学」を旨とし、そこから発展してきた高等教育として、東京工業大学(=東工大)を中心とした日本の工業教育についての本を書いていただきたいと思う。帝国大学や私立の総合大学とは異なる発展の歴史がそこにあるからだ。

現在では、一橋大学と東京工業大学は、東京医科歯科大学東京外国語大学とともに「四大学連合」を形成し、密接な提携関係にあると書きくわえておこう。時代は「実学」の時代なのである。

「実学」はハウツーではない。すぐ役に立つものは、すぐ役に立たなくなる。「実学」を究めるためには、周辺領域の「教養」分野が必要となってくる。この順番が大事なのだ。


* 2012年に執筆済みの記事に加筆修正を加えてアップした(2015年7月18日)





目 次

はしがき
第1章 商法講習所から高等商業学校へ
 1. 江戸から明治にかけての商業、商人教育
 2. 私立と府立の商法講習所
 3. 官立商業学校の設立と高等商業学校まで
 4. 商法講習所、東京商業学校、東京高商での教育と学生
第2章 東京高商から東京商大、一橋大学へ
 1. 東京高商から東京商大昇格への運動
 2. 東京商科大学の誕生
 3. 新制・一橋大学の誕生とその後
第3章 東京商大・一橋大学の華麗な人材輩出力
 1. 一橋の名声を高めた学者群
 2. 有能な経済人を多く輩出し、異色な人も学んだ一橋大学
第4章 マルクスをも包摂した大阪商大(=大阪市立大学)
第5章 ビジネス教育を重視した神戸商業大学(=神戸大学)
第6章 三大高商の輝き(長崎・小樽・横浜)
第7章 外国のビジネス教育から学ぶこと
 1. アメリカのビジネス教育
 2. ヨーロッパのビジネス教育
第8章 現代のビジネス教育
 1. ビジネススクールでの教育がなされる以前の時代
 2. 日本でビジネス大学院教育は必要か
 3. 一橋大学の現在
あとがき
参考文献
人名索引

著者プロフィール

橘木俊詔(たちばなき・としあき)
1943年兵庫県生まれ。小樽商科大学卒、大阪大学大学院修士課程修了、ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。京都大学教授を経て、同志社大学経済学部教授。その間、仏米英独で教育・研究職。専攻は経済学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




<関連サイト>

旧三商大(wikipedia項目)


<ブログ内関連記事>

実業界と「実学」教育

書評 『渋沢栄一 上下』(鹿島茂、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-19世紀フランスというキーワードで "日本資本主義の父" 渋沢栄一を読み解いた評伝
・・商法講習所(=一橋大学)についても1章を割いている

書評 『渋沢栄一-社会企業家の先駆者-』(島田昌和、岩波新書、2011)-事業創出のメカニズムとサステイナブルな社会事業への取り組みから "日本資本主義の父"・渋沢栄一の全体像を描く
・・大学設立と支援もまた社会事業であった

書評 『渋沢栄一-日本を創った実業人-』 (東京商工会議所=編、講談社+α文庫、2008)-日本の「近代化」をビジネス面で支えた財界リーダーとしての渋沢栄一と東京商工会議所について知る
・・「近代化」を商工業の点から実行していくためのリーダ育成もまた使命の一つであった


東京商科大学と一橋大学

書評 『「くにたち大学町」の誕生-後藤新平・佐野善作・堤康次郎との関わりから-』(長内敏之、けやき出版、2013)-一橋大学が中核にある「大学町」誕生の秘密をさぐる

書評 『「大学町」出現-近代都市計画の錬金術-』(木方十根、河出ブックス、2010)-1920年代以降に大都市郊外に形成された「大学町」とは?

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
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