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2015年9月15日火曜日

書評『自動車と私 ー カール・ベンツ自伝-』(カール ベンツ、藤川芳朗訳、草思社文庫、2013 単行本初版 2005)ー 人類史に根本的な変革を引き起こしたイノベーターの自伝


いまから90年前の1925年に、当時80歳の「自動車の父」が発明のプロセスについて語った自伝である。

原題の直訳は、『あるドイツ人発明家の人生行路』というシンプルなものだ。人類史に根本的な変革を引き起こしたイノベーターでありながら、このそっけないタイトル。昔かたぎのドイツ人らしく、実直で飾り気のない、しかも謙虚な人柄がにじみでている。

いまから130年前の1886年になされたカール・ベンツによる自動車の実用化は、まさに人類史において革命的な変化をもたらした技術上の発明である。ただ単に技術史上におけるだけでなく、人間生活すべてを変革したといっていい。それは自動車を意味するオートモービルというコトバに集約されている。自動車は、人間に陸上移動の自由(モビリティ)をもたらした。そしてその延長線上に空への飛翔がある。

カール・ベンツ自身の表現を引用しておこう。

重い地面から自分を引き離し自由にしようという努力、空間の奴隷から空間の支配者になりたいという努力のうちに、発明家が世代から世代へとつづき、数千年にわたる文明の発展を実現した。
橇(そり)やコロを使った輸送手段が考え出され、それから手押し車、二輪馬車、そして四輪馬車へと発展していった。しかしそこで文明は停滞し、数千年のあいだ人間がため息をつきながら、あるいは家畜があえぎながら、車を引く時代がつづいた。卓越した発明家たちが、家畜の代わりに機械が引く車の開発に取り組んだが、成功にはいたらなかったのである。
この状況に変化が訪れたのは蒸気機関が発明されたのちのことであった。・・・(P.194)

蒸気機関から内然機関へ。蒸気機関車から、さらには軌道を要しない自動車の発明へ。自動車の実用化は、カール・ベンツというビジョナリーで強固な意志をもった、類まれな発明家にして起業家の「手」によってなされたのである。しかも、ほぼすべての部品から設計し、じっさいに自分の手で作ったのである。

ここで「手」というコトバをつかったのは、カールベンツ自身が自伝のなかで何度も、手仕事の重要性について語っているからである。もともとは鍛冶屋という職人の家系に生まれた人なのだ。アタマだけではなく手の重要性について語っているのがじつに印象的だ。

父親が早く亡くなったために母子家庭で育ったカールは、母親の希望でギムナジウムに通ったものの(・・この自伝によれば19世紀前半にはリツェリウムと呼ばれていたらしい)、生来の実験好き、工作好きが高じて、職人の世界に入ってマイスター(=親方)について修行もしている。当時はまだ工科大学はなかったからだ。工科大学(=ポリテクニーク)というコンセプトは、19世紀初頭のナポレオン時代のフランスで生まれたものだ。

戦後日本の天才技術者で起業家の本田宗一郎にも『私の手が語る』という本がある。本田宗一郎もまた鍛冶屋のせがれで、自動車の修理工からはじめて、ついには自分の自動車会社をつくった人だ。ものづくりには、アタマと手の両方が重要なのである。

カール・ベンツがすごいのは、まったくのゼロからというわけではないが、全体構想から部品にいたるまで、ほぼすべてを独力で実現したことにある。ディファレンシャル・ギア、ラジエーター、ステアリング装置など、現在でも自動車に絶対必要な技術はすべて彼の発明になる。まさに自動車の原型をつくた人であることが、この自伝に詳細に書かれている。

この自伝はまた19世紀後半の生きた同時代史でもある。1844年生まれのカール・ベンツは、ドイツのナショナリズムの勃興期を体験した人である。1871年のドイツ統一の話は出てこないが、母親の世代が語っていたという、祖国の蹂躙者であるナポレオンの見方には、いわゆる狭義の知識階級とは違うものが感じられる。

19世紀がいかに革命的な世紀であったかは、自動車をはじめて見た人々の反応に現れているといっていいだろう。「馬のない車」に驚き、おののいた人たちの反応が、自動車が当たり前に存在する現在から見ると、じつに不思議な印象を受ける。

私の思い出の宝箱からいくつかおしゃべりをしてみたいと思う。まずは自動車がはじめて出現したころ、見慣れぬ乗り物が人間にも動物にもどれほど異様な印象をあたえたか、思い浮かべていただかなければならない。馬は新しい競争相手に愛情も理解も示さず、恐ろしがってすぐさま逃げ出そうとした。また、それまで自動車など見たこともなかった村に入ると、子供たちは飛び上がり、大声でわめいた。「魔女の車だ!魔女の車だ!」そして一目散に家に帰って中に飛び込むと、扉を閉めて閂(かんぬき)をかけた。・・(以下略)・・(P.131)

あたらしい技術の出現は、つねに人々を驚かせ不安を抱かせるが、自動車もまたっそうだったのだ。この回想から、自動車が馬車の延長線上にあり、自動車とは「馬のない車」ということの意味がよく理解できる。

この自伝を読んでいて意外だったのは、ドイツで発明された自動車だが、初期段階の工業化においてはフランスやアメリカの後塵を拝する結果になったというくだりだ。スピードよりも安全性、信頼性を重視したと本人が語っているが、これが現在にいたるドイツ車のゆるぎない評判をつくりだしていることは言うまでもない。自動車王国となっている日本だが、高級車の分野では圧倒的な存在のドイツには、かないそうもないのは事実である。

自動車が発明されてから130年、現在では自動車という機械(マシン)のない世の中など考えられない。発展途上国を除けば、先進国ではアメリカの正統派アーミッシュのように現在でも自動車を拒否して馬車をつかう人たちもいるが、ごく限られた少数派である。エネルギー問題のからみから、自動車のない世の中を切望する声も増え始めているが、自動車に代表される機械文明が終わることは現時点では考えにくい

2000年代に入ってからは、電気自動車(EV)、2010年代には無人運転の実用化にむけての競争が激化している。19世紀後半に馬車から馬が消え、21世紀前半には自動車から運転手が消えることになる。燃料にかんしてはガソリンや軽油などの石油製品からエネルギーとしての電気へ、と。だが、自走式の四輪という自動車の本質そのものに大変化が生じるわけではない。そう考えると、あらためてカール・ベンツによる自動車の実用化が革命的な変化であったことが実感される。

ドイツ南部の都市シュトゥットガルト駅の駅舎にはベンツのマークが掲げられている(・・後述の<付記>を参照)。シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ博物館を訪れると、自動車文明はカール・ベンツから始まることが具体的なモノをつうじて実感することができるはずだ。わたしは2007年に訪れた際に、そう実感した。

カールベンツは、まさに「技術で世の中を変え」た人物であった。





目 次

原出版社によるまえがき
  
村の鍛冶屋の炎に照らされて
父と母
幼年時代のカール
夏休みの楽しみ
ギムナジウム時代
「若いころはおいらも怖いもの知らずで、途轍もない目標を心に秘め、つぶらな瞳で人生を覗いていたものさ」
遍歴時代
ボーン・シェイカー型自転車に乗って
自分の家と作業場
生涯で最高の大晦日
抵抗に遭う
新しい二サイクル・エンジン
製図板の自動車から生きている自動車へ

初めての走行
最初の新聞記事
自動車の未来をめぐる戦い
警察が新しい車の前に立ちはだかる
世界へ乗り出そう!
新発明の車、1888年のミュンヒェン博覧会で金メダルを受賞
最初の買い手がフランス、イングランド、アメリカから訪れる
三つの部分からなる車軸の開発
最初のころどんな騒ぎがあったか
ドイツとハンガリーとボヘミアからの最初の買い手
忘れるな、自分がドイツ人であることを
ドイツの自動車産業の興隆
文化財としての自動車
自動車の《発明者》
80歳の誕生日(1924年11月26日)
スポーツの楽しみ
ミュンヒェンの祝賀会
回想と展望
フィナーレ
 
訳者あとがき
カール・ベンツ略歴年表


著者プロフィール

カール・ベンツ(Karl Benz)
1844年生まれ。1886年にエンジン駆動車(モートーア・ヴァーゲン)の特許を取得し、自動車を初めて実用化した発明家。ディファレンシャル・ギア、ラジエーター、ステアリング装置など、自動車に必要不可欠なあらゆる装置を発明し、現在まで使われる自動車技術を完成させた。また自動車メーカー、ダイムラー・クライスラー社の創立者の一人でもあり、その名前は高級車「メルセデス・ベンツ」にいまも残る。1929年没 。

翻訳者プロフィール

藤川芳朗(ふじかわ・よしろう)
1968年、東京都立大学大学院修了。現在、横浜市立大学教授。訳書にフリードマン『評伝へルマン・ヘッセ―危機の巡礼者(上・下)』、クローカー『グリムが案内するケルトの妖精たちの世界(上・下)』(以上、小社刊)、ベンヤミン『モスクワの冬』(晶文社)、クリストフ編『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡』(岩波書店)、ダンカー『盗賊の社会史』(法政大学出版局)などがある。(出版社サイトより)


<付記> メルセデス・ベンツ博物館について

ドイツ南部の都市シュットッツガルトは、駅舎のてっぺんにベンツのロゴが飾られているくらい、メルセデス・ベンツの町である。

(シュトゥットガルト駅の駅舎 筆者撮影)

そのシュットゥットガルトには、メルセデス・ベンツ博物館がある。

いわゆる企業ミュージアム(=企業博物館)であるが、本書にあるように、カール・ベンツによる自動車の実用化が世界初めてのことだったこともあり、一企業の枠組みを超えた自動車そのものの博物館としての存在意義のあるものだ。

(メルセデス・ベンツ博物館 筆者撮影) 

わたしは2008年に訪れることができたが、見学はまずは最上階かららせん状に時代を下っていく構成になっている。もちろん頂点に展示されているのは、1886年のベンツ車。だがじつは、そのまえに馬車の展示と、馬の剥製の展示がある。自動車は馬車の延長線上にあることが、実物展示で示されているのだ。

(カールベンツによる自動車第一号の実物 筆者撮影)

ところで、日本ではメルセデス・ベンツのことを略して「ベンツ」というが、ドイツでは「メルツェデス」と呼ばれる。アメリカでは英語読みでマーシーディスという。

「メルセデス」(=メルツェデス)は、当時ダイムラー車のディーラーを経営していたハプスブルク帝国の領事で、ユダヤ系ドイツ人のエミール・イェリネックの娘の名前から採られたものだ。1899年に命名されたもので、きわめてスペイン語風の響きをもつ名前だ。

ドイツを代表する自動車メーカーのダイムラーとベンツが合併した結果、メルセデスベンツとなり、現在に至っている。

この件については本書には記述はないのは、カール・ベンツ没後のことだからである。

(2015年9月24日 記す)
 



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