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2016年2月29日月曜日

2月29日。この日にブログを書くのは、4年に一度しかできない。-そうだ、きょうは「肉の日」(2016年2月29日)


2月29日。この日にブログを書くのは、4年に一度しかできない。閏年である。オリンピックイヤーである。夏にはブラジルのリオデジャネイロでオリンピックがある。

とくにテーマがあるわけではないのだが、こういう機会を利用しない手はあるまい。なんせ、次回この日に書けるのは4年後である。これから何歳まで生きるのか、またいつまでブログを書くのかわからないが、きょうこの日を逃したら、もうつぎは4年後になってしまう。


と、4年前に書いたブログの書き出しをそっくりそのままに、2016年のオリンピックイヤーの2月29日にブログを書いてみることにした。「ロンドン」を「ブラジルのリオデジャネイロ」に書き換えただけだ。

4年振りである。ことしもまたとくにテーマはない。

そういえば29日は「肉の日」だったな。しかも、「2月の肉の日」は4年にいっぺんしかないから肉でも食うか。安直な連想だが、それもまたよしとするかな。

というわけでスーパーによってみたら、「肉の日」の特売をやっている。やはりみな考えることは同じか、牛肉のサーロインが3枚、計420グラムで1,000円(+消費税)というのは魅力的だ。もちろん和牛ではなくオージービーフだが、とくに問題はない。

そうだな、焼いて食おう。だから「29089」=「肉を焼く」(笑)

オージービーフを食べて打倒オーストラリア!! 今夜の「なでしこジャパン」のオーストラリアへの勝利を祈願!!

と書いたのだが、あにはからんや、なでしこは緒戦で 3-1 で敗退。予選突破で勢いをつけられなかったのは残念。だが、まだまだ先はある。あせらずにがんばってほしいものだ。2016年リオデジャネイロ大会での活躍を期待しておりますよ。

そして、4年後の「2月29日」は・・・、はい東京オリンピックの年でありますね! その頃には TPP が発効してオージービーフはさらに安く食べることができるのだろうかな・・・?






<ブログ内関連記事>

4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)

「ロンドン・オリンピック 2012」開会式の「ヘイ・ジュード」-英国のソフトパワーここにあり!




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2016年2月26日金曜日

二・二六事件からついに80年(2016年2月26日)-そして青年将校たちは「御霊信仰」の対象となった

(磯部浅一 『北一輝の昭和史』(松本健一、1985)より)

「二・二六事件慰霊碑」が 東京都渋谷区宇田川町1-1 にあるという。「あるという」という書き方をするのは、じつはそのすぐそばの渋谷区役所交差点近くやNHKまでは何度もいっているのだが、渋谷税務署のすぐそばにある二・二六事件慰霊碑にはまだ一度も訪れたことがないためだ。

そこは、かつて陸軍刑務所跡の一隅であり、青年将校たちが銃殺刑された場所である。しかも敗戦後はアメリカ占領軍に接収され、ワシントンハイツという米軍住宅地となっていた。そういう重層的な歴史をもつ因縁の土地なのだ。

二・二六事件で刑死した磯部浅一陸軍一等主計官(中尉相当)は、昭和天皇を獄中から「御叱り申して」いたのであり、処刑の際も天皇陛下万歳とはクチにしなかった。『二・二六事件-獄中手記・遺書-』(河野司、河出書房新社、1989)『天皇さま、お聞きください-二・二六事件遺詠集-』(河野司、河出書房新社、1984)によれば、磯部浅一の「獄中日記」にはこんな文言があるという。「天皇陛下、何と言ふ御失政でありますか、何と言ふザマです」。

巨大な怨念を残したまま処刑された青年将校たち。磯部浅一の激しい呪詛には、保元の乱で讃岐の国に配流され、その地で憤死した崇徳上皇(すとく・じょうこう)を想起させるものすらある。

崇徳上皇が、舌を噛み切って「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」と血書したこと伝えられている。明治新政府は崇徳上皇の怒りを癒すため、明治天皇の即位式の際に鎮魂の儀礼を行っている。

さて、「二・二六事件慰霊碑」についてだが、現在では東京のパワースポットとなっているのだという。

怨念を抱いて刑死された死者の霊が信仰の対象となるのは、もっとも有名なものとしては大宰府に左遷されて憤死した天神様こと菅原道真東国に独立王国を建設したが最終的に討ち取られた平将門江戸時代に農民一揆を指導し処刑された義民・佐倉惣五郎(さくら・そうごろう)などをあげることができよう。

いずれも近代以前の日本で「御霊信仰」の対象となったものだ。菅原道真は全国各地の天満宮に、平将門は東京・大手町の将門首塚に、佐倉惣五郎は千葉県佐倉の宗吾霊堂に神として祀られている。国文学者で民俗学者の折口信夫は、佐倉惣五郎の「五郎」(ごろう)は「御霊」(ごりょう)に音が通じると『古代研究』に書いている。

御霊信仰(ごりょうしんこう)とは、人々を脅かすような天災や疫病の発生を、怨みを持って死んだり非業の死を遂げた人間の「怨霊」のしわざと見なして畏怖し、これを鎮めて「御霊」(ごりょう)とすることにより祟りを免れ、平穏と繁栄を実現しようとする日本の信仰のことである

すさまじいまでのパワーをもっていたからこそ刑死の対象となったのであり、だからこそ、ネガティブな感情をもったまま死んだ人の霊をねんごろに弔うことで、そのパワーを反転してポジティブな方向に向けることが可能となるという、民間信仰のロジックなのだ。

慰霊碑が御利益をもたらすという反転の構造がそこにある。「御霊信仰」は、ある意味ではきわめて巨大なネガティブなパワーをポジティブなパワーに転換する民俗の知恵だといってよい。

だとすると、いまから80年前の青年将校たちが「御霊信仰」の対象となってもちっとも不思議ではない。じっさいに、いまどきの女子高生たちが恋愛成就を祈願しているらしい。この慰霊碑の前で告白やプロポーズをするとうまくいくと女子高生の間で人気。青年将校の霊が若者を応援してくれるのだとか。また「2・26」=「夫婦ロック」で語呂がよいのだとか」。青年将校の霊に対して不謹慎な(!)というお怒りの声もあろうが、いまどきの女子高校生たちの行動は、先祖返りのようでもある。

そう考えると、日本人というのは根本的なところで変化していないことがわかる。全面的な「西欧近代化」によって外皮は大きく変化しても、その芯にあたる部分は変わっていないのだ。

刑死の対象ととなった、大手町の将門首塚、佐倉宗吾の宗吾霊堂。憤死の対象は、菅原道真の天満宮。自死のケースでは、真間の手児奈の手児奈堂。事故死では自然災害も人災も含めて、無数にありすぎて枚挙に暇がない。

死者の霊を慰め、その行為をつうじて、みずからにあらたなエネルギーを充填する。死者の霊を慰めることは、いま生きている人間、これから生まれてくる人間にとっても、きわめて重要なことなのだ。そこではエネルギー転換が行われるのである。生きるエネルギーに転換されるのである。

ただし、「御霊信仰」の対象の慰霊に際しては、こちら側に相当なエネルギーがないと、ネガティブなエネルギーに負けてしまうことは注意しておかなければならない。


PS じつにタイミングよく 磯部浅一の『獄中手記』が中公文庫から復刻版が2016年2月23日に出版されていたことを知った。

「目次」は以下のとおり。
  
行動記
獄中日記-昭和十一年七月三十一日~八月三十一日
獄中手記
宇垣一成等九名告発書
獄中よりの書翰
付録1 新公開資料(日記・書翰・聴取書)
付録2 関連資料

この機会にぜひ磯部浅一が地上に残していった「呪詛のことば」を読んでみていただきたい。(2016年3月12日 記す)。




「御霊信仰」の対象となった義民・佐倉惣五郎については下記書目を参照。




<関連サイト>

パワースポット研究所東京のパワースポット2・26事件の慰霊碑のご利益

渋谷の二・二六事件慰霊碑が女子高生の間で恋愛成就のパワースポット扱いになってるらしいぞwwwww 「ここで告白すると青年将校の霊が応援してくれる」
・・「ご利益東京陸軍刑務所の跡地。2・26事件の反乱将校が処刑された場所。近くの小学校では深夜に軍靴の音が響くという。NHKには反乱将校の亡霊が出るという。NHKのあるあたりは2・26事件の因縁の地。NHKのあるスタジオは霊目撃談が多いとか。1936年に起きた青年将校たちのクーデター未遂事件「2・26事件」で死没した方を慰霊するための碑(観音像)が渋谷税務署の隣にある。この慰霊碑の前で告白やプロポーズをするとうまくいくと女子高生の間で人気。青年将校の霊が若者を応援してくれるのだとか。また「2・26」=「夫婦ロック」で語呂がよいのだとか」



<ブログ内関連記事>

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる
・・ブログ記事に掲載した地図に二・二六事件慰霊碑慰霊碑の場所が明記されている

市川文学散歩 ②-真間手児奈(ままのてこな)ゆかりのを歩く
・・万葉集にも歌われている真間手児奈(ままのてこな)ゆかりの手児奈霊堂がある

「三千世界一度に開く梅の花」
・・天神様こと菅原道真について触れてある


■「二・二六事件」関連

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)

4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)

78年前の本日、東京は雪だった。そしてその雪はよごれていた-「二・二六事件」から78年(2014年2月26日)

二・二六事件から79年(2015年2月26日)-「格差問題」の観点から「いま」こそ振り返るべき青年将校たちの熱い思い

「戦後70年」とは三島由紀夫が1970年に45歳で自決してから45年目にあたる年だ(2015年11月25日)




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2016年2月25日木曜日

蓮根(はすね)と書いてレンコンと読む、また楽しからずや-泥土に咲くハスの花、泥土のなかのハスの根


日本の冬はレンコンが出回る季節だ。根っこを食べる根菜である。煮てもよし、てんぷらで揚げるのもよし。冬の日本料理にレンコンは欠かせない。

なによりもレンコンは断面が面白い。穴の開き方が面白いのだ。

だが、これだけ身近な野菜でありながら、レンコンがどんな状態で栽培されているか見た人は、栽培産地に住んでいる人や、じっさいに栽培している農家くらいしかいないのではないだろうか。

わたしの場合は、地下鉄東西線の沿線に住んでいたこともあって、その昔、市川市の海岸沿いに近い原木中山駅周辺に広がっているレンコン畑の収穫風景を電車のなかから何度も眺めたことがある。東西線は地下鉄だがそこは地上部分となっている。いまは宅地開発が進んで、レンコン畑を見ることはもはやない。

現在ではレンコンといえば、関東地方では茨城産が中心だ。

(東京・上野公園の不忍池にて冬枯れのハス 筆者撮影)

蓮根(はすね)と書いてレンコンと読む。そう、レンコンはハスの根っこなのである。地下茎なのである。

泥土に咲く美しい花がハスの花だが、その泥土のなかではハスの根っこが育っているというわけなのだ。そしてハスが枯れた冬になると、栽培農家が泥土につかりながら根っこを掘り起こして収穫するのである。

ハスネと読むか、レンコンと読むか、これは銀杏と書いてイチョウと読むか、食用のギンナンと読むかに似ている。ちなみに、都営地下鉄の三田線には蓮根(はすね)という駅もある。

東京上野の上野公園に隣接した不忍池(しのばずいけ)は、ハスの名所でもある。レンコン畑がどんなものかを知りたい人は、不忍池を訪れてみたらいいだろう。東京都心最大のレンコン畑(?)であるのだが、レンコンの収穫が行われるのかどうかは知らない。


(東京・上野公園の不忍池にて冬枯れのハス 筆者撮影)

東南アジアの上座仏教圏でも、ハスの花はポピュラーだ。ただし色は白が中心。仏教と蓮花(れんげ)が密接な関係にあるのは、仏教の生態系にハスが生育しているからだろう。仏像は蓮の花の上に座禅のポーズで座っている。『法華経』の正式名称は『妙法蓮華経』である。英語では Lotus Sutra (ロータス・スートラ)という。

東南アジアでは、なぜかレンコンは食べたことがないが、日本料理の普及によって食べる人が増えるかもしれない。ダイコン、ニンジン、ゴボウにレンコン。考えてみると、日本人ほど根菜を食べる民族は、あまりないのかもしれない。

(日本ではポピュラーな薄紫色の蓮の花)

蓮の花と書いてレンゲと読む。中華料理で使うレンゲと蓮の花の関係についてはわからない。発音が同じだけか。

中国では蓮の実のタネからとったデンプンを生食している。一度だけ猛暑の7月の杭州(浙江省)で食べてみたことがあるが、どうも食べなれていないものであるためか、甘ったるいだけで、あまりうまいとは感じなかった。そういえば、蓮の実は蜂の巣のような形状なので、ハチスからハスになったという語源説を思い出した。

レンコンを食用にしているのは日本と中国南部だけというが、地理的な近さから食用のレンコンは中国南部の文化なのかもしれない。一説によれば、モヤシやインゲンマメ(隠元豆)などとともに日本に禅仏教の黄檗宗を伝えた福建省出身の隠元禅師が1654年渡来の際にもたらしたものだという。ただし、日本人は蓮の実は食べないので、その説の真偽は不明である。

(中国の杭州にて ストリートで売られている蓮の実 筆者撮影)

蓮根(はすね)と書いてレンコンと読む。蓮花(はすのはな)と書いてレンゲと読む。訓読みと音読みで、ずいぶんと実体もイメージが変わるものだなと、あらためて感じる次第。


PS ハスの茎や葉の繊維から糸をつくり織物を織る、ということを失念していた。「蓮の糸」は、僧侶の袈裟(けさ)を折るのに使われていたのだ。これは日本だけでなく、東南アジアでも同様である。 (2016年3月7日 記す)

PS2 不忍池(しのばずいけ)の蓮について
本来なら都心では最大のレンコン生育地帯であるはずだが、レンコンが収穫されることがないのは不忍池の水質が悪いためだという話を聞いた。収穫されることがないため、枯れた茎と地下茎が春になると腐敗し悪臭を放つのだが、そのまま放置されているのである。(2016年4月17日 記す)






<ブログ内関連記事>

銀杏と書いて「イチョウ」と読むか、「ギンナン」と読むか-強烈な匂いで知る日本の秋の風物詩

「コンパニオン・プランツ」のすすめ-『Soil Mates』 という家庭園芸書の絵本を紹介

書評 『土の科学-いのちを育むパワーの秘密-』(久馬一剛、PHPサイエンス・ワールド新書、2010)-「土からものを考える視点」に貫かれた本

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
・・「シュタイナー農法」について触れている




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2016年2月18日木曜日

「三千世界一度に開く梅の花」


「三千世界一度に開く梅の花」。このフレーズにすぐにピンときたら、 あなたはそうとうの物知りというべきでしょう。 気になる人は検索してみるとよろしいでしょう。スピリチュアル系のフレーズですよ。

わたしがこのフレースを知っているのは合気道をやっていたから。合気道開祖・植芝盛平の語録である『合気神髄』には「道歌」が収録されていますが、そのなかにこんな道歌があります。

三千世界一度に開く梅の花
二度の岩戸は開かれにけり

いきなり「三千世界一度に開く梅の花」ですね! 「岩戸」は『古事記』に登場する「天の岩戸神話」のこと。アマテラスが引きこもっていた岩戸をアマノウズメのストリップで開けさせたというエピソードですね。二度目に開けるとは合気道開眼のことをさしているのでしょう。

(千葉県市川市の白幡天神社にて)

「三千世界一度に開く梅の花」とは、ネット検索すれば、すぐに判明しますが、じつは大本教の開祖・出口なおの『お筆先』に登場するフレーズなのです。

『大本神諭』にある、「三千世界一度に開く梅の花、艮(うしとら)の金神(こんじん)の世になりたぞよ。神が表(おもて)に現れて 三千世界の立替え立直しを致すぞよ」との宣言のことです。ユートピア実現ということですね。これが、出口なおのクチを借りて語られたというわけです。

植芝盛平翁が父危篤の知らせを受けて、北海道から故郷の紀州田辺に引き上げる途上、京都府綾部にある大本教(おほもと)教主の出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)聖師のウワサを聞きつけて訪れ、父親が亡くなったあとも当地にとどまって精神修行を行っていたのです。そして出口聖師のもとで「植芝塾」を開き、武道を教えていたのでありました。大正時代のことです。

というわけで、「三千世界一度に開く梅の花」というフレーズが道歌にでてくるのでしょう。知らず知らずのうちに、植芝翁の無意識レベルに浸透していたというべきかもしれません。


「三千世界」とはもともと仏教要語です。須弥山(しゅみせん)世界が 10億個(!)集まった空間、つまり「十万億土」を表すコトバで、広大な世界全体を意味しているといってもいいでしょう。スケール感がケタはずれですね。

「三千世界」といえば、幕末の志士・高杉晋作の有名な戯れ歌を想起しますね。

三千世界の鴉(からす)を殺し
ぬしと朝寝がしてみたい

意味はご想像いただきたく。


ところで、この記事に掲載した梅の花は、 「天神様」の境内で咲いていたものを、今週撮影したものです。

といっても、かの有名な大宰府天満宮でも京都の北野天満宮でも、東京の湯島天神でも亀戸天神ありません。千葉県市川市内の白幡天神社、という古社です。たまたま用事があって近くまでいくことがあった際に、梅の花の見事な咲きっぷりに「三千世界一度に開く梅の花」 を想起した次第。

天満宮は、日本全国に広く分布しています。  

日本人にとって「梅の花」といえば、なんといっても天神様こと菅原道真でしょう。左遷先の太宰府で詠んだ有名な和歌があります。


東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花
主なしとて 春を忘るな  (拾遺和歌集)


遣唐使を廃止した菅原道真でありましたが、梅(うめ)そのものは大陸から渡来したもの。発音は「メー」ですね。日本人はそのままでは発音できないので「ウ」をつけて「ウ・メ」としたわけです。馬(ウ・マ)もまた同じです。

桜もいいが、梅もよし。2月というこの時期は、やはり梅の花を楽しみたいものですね。







<ブログ内関連記事>

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

古事記と勾玉(まがたま)

お神楽(かぐら)を見に行ってきた(船橋市 高根神明社)(2009年10月15日)
・・お神楽のフィナーレは「天の岩戸舞」


かつては「花」といえば桜ではなく梅だった

「散る桜 残る桜も 散る桜」 (良寛)
・・もともと日本では「花」といえば「梅」だったが・・。


菅原道真の仇敵の藤原時平を祀った神社もある

下総国の二宮神社(千葉県船橋市)に初詣(2015年1月3日)-藤原時平を祀る全国でもめずらしい神社
・・「学問の神さまとなった菅原道真を太宰府に追いやった左大臣・藤原時平を主神として祀っているのは、この地域がもともと藤原氏の所領だったためらしい。藤原時平を祀った時平神社が隣接する八千代市にあるようだが、国民的には人気のない藤原時平を祀った神社は全国的に見てもめずらしい」

市川文学散歩 ①-葛飾八幡宮と千本いちょう、そして晩年の永井荷風
・・「白幡天神社は、12世紀までさかのぼることのできる古社のようだ。神さびていながら掃除が行き届いており、土地に根ざした産土神として大切にされてきたことがうかがわれる」




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2016年2月14日日曜日

書評 『バイオスフィア実験生活-史上最大の人工閉鎖生態系での2年間-』(アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン、平田明隆訳、講談社ブルーバックス、1996)-火星探査ミッションのシミューレーションでもあった2年間の記録


『バイオスフィア実験生活-史上最大の人工閉鎖生態系での2年間-』(アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン、平田明隆訳、講談社ブルーバックス、1996)という本を読んでみた。

2016年2月現在公開中のハリウッド映画『オデッセイ』があまりにも面白かったので、この本の存在を思い出して書棚の奥から引っ張り出してきたというわけだ。有人宇宙探査船もまた「人工閉鎖生態系」である。無防備に酸素のない外部に出たら死んでしまう。

実験の正式名称は「バイオスフィア2」 (Biosphere 2) アメリカのアリゾナ州の砂漠に実験用施設として建設されたガラスの建築物のなか、「人工閉鎖生態系」が密閉されたのである。

「バイオスフィア」(biosphere)とは地球を意味している。日本語に直訳すれば「生命圏」となるのだろう。地球では、バクテリアから人間にいたるまで、あらゆる生命体が太陽光のもと、大気と水を循環させながら生命をつないできた

人工的に設定された「バイオスフィア2」は、人類のこれからの生き方を探ることが目的である。宇宙空間で「閉鎖生態系」で人類が生存することが出来るのか検証し、その前提となる地球環境問題を人工的な環境で研究することであった。

海も山も平野を有し、動植物も含んだを人工的にドーム内に再現するという大掛かりな実験だ。生態系の一部として人間もそのなかに加わるのである。そのなかでは水も大気もリサイクルされ、原則として外部から取り入れられるのは太陽光のみである。


実験に参加したのは、アメリカを中心にヨーロッパ人も含めた男女8人の科学者。いったん「バイオスフィア2」内に入ったら2年間は出入りできないのである。その意味では宇宙探査船と同じである。じっさい、「バイオスフィア2」計画は、2年間の火星探査ミッションのシミュレーションという考えもあったらしい。その先にあるのはスペース・コロニーか。

 「バイオスフィア2」内で野菜や穀物を栽培し、自給自足の生活を送った2年間。動物性蛋白はたまには摂取したらしいが、限りなくベジタリアンな日々となっていたらしい。

二酸化炭素を光合成によって吸収させ、ドーム内で酸素を循環させるのであるが、じっさいには酸素が減少するという事態が発生している。酸素が炭酸カルシウムのかたちでコンクリートに吸収されてしまうためだとわかったのはこの実験の成果の一つだ。

外部との連絡はすべて電子メールなどの電子媒体で行ったという意味でも宇宙探査船と同じである。環境負荷を下げるためのペーパーレス化であり、1991年から行われたこの実験は、時代を先取りしたものだったといえよう。

すでに20年前の出版であり(・・購入してからも20年間読んでなかった)、実験じたいは1991年からまるまる2年間にわたって行われたものなので25年も前のものだ。だが、「バイオスフィア2」における実験は、その後は尻つぼみになってしまったようなので、この本は貴重な記録となっている。

日本語のタイトルは、物語的な体験記のような印象を与えるが、内容は項目別に2年間の実験内容とその結果をまとめたレポートのような構成である。講談社ブルーバックスの一冊というのにふさわしい。

残念ながら現在は日本語版は品切れだが、英語版 Life Under Glass: The Inside Story of Biosphere 2 は入手可能のようだ。なぜ日本ではあまり売れてないのか不明だ。面白い内容なのに・・・・。





目 次

日本語版へのまえがき
ガラスの家の中で生きる

謝辞

第1章 冒険への旅立ち
第2章 バイオスフィリアンの一日
第3章 バイオスフィア2の環境
第4章 自ら育てる
第5章 空腹とやりくり
第6章 二人のお医者さん
第7章 原野にて
第8章 テクノスフィア
第9章 動物ものがたり
第10章 三エーカーの "試験管"
第11章 電子ビジネス
第12章 余暇の楽しみかた
エピローグ

訳者のあとがき
さくいん


著者プロフィール

アビゲイル・アリング(Abigail Alling)
自ら創設した非営利団体「プラネタリサンゴ礁基金」会長。エール大学大学院修了。海洋生物や閉鎖生態系、特に世界中の海でのサンゴ礁の生態システムの研究に取り組んでいる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

マーク・ネルソン(Mark Nelson)
生態開発研究会社「エコテクニクス協会」会長。ダートマス大学で哲学を、アリゾナ大学で天然資源のリサイクル学を学ぶ。現在はフロリダ大学の環境工学部と湿地研究センターで学位論文に取り組んでいる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

翻訳者プロフィール
平田明隆
科学通信社「ジャスネット」代表。東京大学農学部大学院修了。読売新聞科学部、ニューヨーク特派員、本社編集委員を歴任。1995年退職後、マサチューセッツ工科大学科学ジャーナリズム科修了。ワシントン在住。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)







<ブログ内関連記事>

映画 『オデッセイ』(2015年、米国)を見てきた(2016年2月7日)-火星にたった一人取り残された主人公は「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」でサバイバルする ・・「閉鎖空間」としての宇宙船

マンガ 『沈黙の艦隊』(かわぐちかいじ、講談社漫画文庫、1998) 全16巻 を一気読み ・・「閉鎖空間」としての潜水艦

「お籠もり」は何か新しいことを始める前には絶対に必要なプロセスだ-寒い冬にはアタマと魂にチャージ! 竹のしたには龍がいる!

梅棹忠夫の幻の名著 『世界の歴史 25 人類の未来』 (河出書房、未刊) の目次をみながら考える

惑星探査船 「はやぶさ」の帰還 Welcome Back, HAYABUSA !
・・ただしこの探査船は無人




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2016年2月12日金曜日

学校教育で強制されるタワーやピラミッドなどの「組み体操」は、ただちに全面禁止にすべきだ!-大阪市教育委員会の英断を絶賛したい

(『新要目に基く運動会催し物選集』(小学校体育研究会、1936) wikipediaより)

朗報が飛び込んできた。大阪市の教育委員会が「人間ピラミッド」と「タワー」を禁止したのだ。2016年2月9日付けのニュースである。「ハフィントンポスト」の記事から引用させていただこう。

人間ピラミッド禁止、大阪市教委が全国初【組体操】
大阪市教委は2月9日、組体操で四つんばいの姿勢で積み重なる「「人間ピラミッド」を2017年度から禁止することを決めた。肩の上に立って円塔をつくる「タワー」も同様に危険なため禁止される。文部科学省によると、自治体が禁止するのは全国初だという。共同通信などが報じた。 ・・(中略)・・ 大阪市教委の大森不二雄委員長は「一体感を味わう子どもや感動する保護者もいるだろうが、そうでない人は声を上げられない。どちらが多数か分からないが、事故が多い現状を踏まえれば、多数決で決める話ではない」と語ったという。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

すばらしい決断である。英断であるといっても過言ではない。「事故が多い現状を踏まえれば、多数決で決める話ではない」という理由付けは価値観を優先させたものだが、多数決原理の問題点を語って余すところがない。大阪市教育委員会の決断は、絶賛しても絶賛しすぎることはない。

わたしは、「人間ピラミッド」も「タワー」も断固反対だ。 なぜなら、中学生のときだと記憶しているが、4段組の「タワー」のてっぺんに立つ役割をやらされて(・・そう、強制的に「やらされた」のだ!)、組み上げる都度、とてつもない恐怖を味合わされた悪夢の記憶しかないからだ。

4階建ての「タワー」は建築物でいえば2階から3階ほどの高さになる。最下層から組み上げて一段づつしゃがんだ状態から立ち上がり、最終的に最上階になったひとりが両手を広げて直立するのである。成功すれば、それは簡単に味わうことのできない光景を見ることになるのだが(・・運動会の本番では見事に成功した)、練習中は何度も組み上げる途中で崩れていたのである。てっぺんから転落したら死ぬかもしれないのだ!

わたし自身は最上階のてっぺんしか経験していないが、二段目や三段目の人間の苦痛についてはこれとは違うものがある。全員の息が合わないと簡単に崩れてしまうのだが、下敷きになって圧殺死してしまう危険も否定できないのである。

わたしのときは、幸いにも事故は発生しなかったが、いつ事故が起こっても不思議ではないと思っていた。

たしかに、息を合わせた共同作業という点に、「ピラミッド」や「タワー」をやる教育的意味付けがなされているのであろう。だが、それは危険という要素を省みない「きれいごと」である。「やらせる立場」と「やらされる立場」の違いは、天と地ほどの違いがある。

経営の現場でよくクチにされる表現に「やらされ感」というものがある。人から言われて他律的に動くのが「やらされ感」だが、そうではなく、みずからの意思で自律的に動くことが重要だという意味合いで使用される。経営の場でなら、それは意味ある発言だ。職場にいるのは18歳以上のオトナである。

だが、「ピラミッド」や「タワー」は生徒みきずからの自発性にもとづいて行われるのではない。あくまでも体育教育の一環として、他者との協調性を考え、一体感を醸成するということが目的とされて強制されるものだ。それは、生徒側の発想ではなく、教師側の発想なのであり、生徒側からすれば「やらされ感」がつきまとうのは否定できない。しかも、「恐怖感」がつねにつきまとう

教育現場においては、「やらせる側」の教師と、「やらされる側」の生徒のあいだには越えがたい溝がある。教師と生徒は、圧倒的に非対称的な関係にある。これは、ある意味では、医者と患者と似ている。

医者と患者の関係は、専門知識と経験の量の違いであるが、教師と生徒の関係の場合は、大きな違いがある。教師と生徒のあいだでは、両者のパワーの質も量も違うのである。患者はいやなら医師を拒否できるが、生徒が教師から離脱するきわめて難しい。登校拒否になるか、引きこもりになるしかない。よっぽどのことがなければ、転校というオプションはなうい。「閉鎖空間」からの離脱手段は限られているのだ。

強制的にやらされる「ピラミッド」や「タワー」なんかで一体感が培われるわけがない。教育する側の自己満足に過ぎない。教育の名を借りた「いじめ」以外の何者でもない。そういっても過言ではない。中国雑技団やカタルーニャの「人間ピラミッド」のように、仕事や好きでやっているものとは違うのだ。

こういうことは、自分の子どもが負傷した被害者の親以外はなかなか理解できないのではないか? なぜなら、学校教育においては生徒の感想や意見は、ほぼ黙殺されているからだ。いじめが原因の自殺も、親も教師も知らなかったという事例も多いではないか! 子どもは親に迷惑をかけたくないから本当のことをしゃべらないのだ。あるいは、しゃべってもきちんと取り合ってくれないと語らなくなる。

だからこそ、大阪市の決断を絶賛したい。まさに英断である。すでに多数の負傷者がでているが、死者がでてからでは遅すぎるのだ。

強制された一体感など、一体感でもなんでもない! 強いられた自発性、いつわりの自発性。「みんな仲良く」というウソはもうやめよう。

だからこそ、声を大にして主張したいのだ。

一日でも早く、日本全国で「ピラミッド」と「タワー」が禁止されますように!!!






<関連サイト>

近代デジタルライブラリー - 新要目に基く運動会催し物選集
・・『新要目に基く運動会催し物選集』(小学校体育研究会、1936)がデジタル版として国会図書館のサイトに掲載されている。



<ブログ内関連記事>

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?
・・目に見えない「同調圧力」が、日本人をいかに息苦しくしていることか

日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例
・・大学生が対象であり、「離脱可能性」が確保されていることが重要。そこには強制もやらされ感もない。バレエやシンクロナイズドスイミングと同じである

書評 『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(大宮冬洋、ぱる出版、2013)-小売業は店舗にすべてが集約されているからこそ・・・
・・「やらされ感」を払拭できるのは、職場であれば離脱可能性が確保されているから

書評 『マクドナルドで学んだすごいアルバイト育成術』(鴨頭嘉人、新潮文庫、2015)-「仕事をつうじて成長する」、ということ
・・「やらされ感」を払拭できるのは、職場であれば離脱可能性が確保されているから

「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」 には続きがあった!-山本五十六 その2
・・職場に限らず、教育の現場でも同じではないか?

書評 『明治のサーカス芸人はなぜロシアに消えたのか』(大島幹雄、新潮文庫、2015)-幕末の「開国」後、いち早く海外に飛び出したのは軽業師たちだった
・・軽業師たちはアクロバットのプロである! それは素人の世界ではない!

(2016年4月6日 情報追加)





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2016年2月11日木曜日

書評 『私はガス室の「特殊任務」をしていた-知られざるアウシュヴィッツの悪夢-』(シュロモ・ヴェネツィア、鳥取絹子訳、河出書房新社、2008)-体験者のみが語ることのできる第一級の貴重な証言


先日(2016年1月28日)、日本で公開された映画『サウルの息子』(2015年、ハンガリー・ドイツ)を見たことをキッカケに、買ったまま読んでいなかった『私はガス室の「特殊任務」をしていた-知られざるアウシュヴィッツの悪夢-』をはじめて通読してみることにした。原作とはされていないが、おそらく監督はこの本も参照しているに違いないと思ったからだ。

著者は、ギリシアのテッサロニキ居住のユダヤ系コミュニティに暮らしていたイタリア系ユダヤ人。第二次大戦中にギリシアがドイツによって占領されたのち、強制労働を強いられたのち集団でアウシュヴィッツに送られることになった。

この本は、絶滅収容所を生き残った著者が、解放から52年後にインタビューで語ったなまなましい証言の記録である。原著はフランスで2007年に出版された Sonderkommando : Dans l'enfer des chambres à gaz(=『ゾンダーコマンド:ガス室地獄のなかで』)である。

この本が他のアウシュヴィッツ体験本と違うのは、著者が「特殊任務」についていたことにある。「特殊任務」とは、ドイツ語のゾンダーコマンド(Sonderkommando)のことである。映画でもハンガリー系ユダヤ人以外にもギリシア系ユダヤ人の「特殊任務」が登場するが、当時まだ25歳の著者もまたその一人だったのだ。

読み始めてから、はじめてこの本のもつ重要性に気がついた。アウシュヴィッツ絶滅収容所の体験記は数々あるが、「特殊任務」体験者のものを読んだことはなかったからだ。

映画 『サウルの息子』(2015年、ハンガリー・ドイツ)を見てきた(2016年1月28日)-絶滅収容所でゾンダーコマンド(=特殊任務)を遂行していたハンガリー系ユダヤ人の「人間性」を維持するための戦いは・・・ に書いておいたことをここに繰り返しておこう。映画に登場する「特殊任務」を文字化したものだ。

特殊任務の内容とは、収容所のナチス親衛隊SS将校たちの指揮のもと、同胞のユダヤ人たちをガス室に送り込み、遺体を焼却炉で焼き、遺灰を川に捨てるという作業である。断末魔の苦しみの声を聞き、死臭を嗅ぎ、所持品を奪い取るという、きわめて非人間的な行為である。収容所のドイツ人は自ら手を汚さずに、汚れ仕事をユダヤ人に押し付けていたのだ。

だが、映画に描かれていたものは、じっさいの「特殊任務」のリアルをすべて再現したものではないことが本書を読むとわかるのである。あまりものおぞましさに、あえて映像化していないものがあるのだ。映像化をためらったというべきだろう。

著者の証言から引用していおこう。

これはいままで一度も話したことがありません。本当に重くて悲しい話なので、ガス室で見たことを話すのは辛くて仕方がない。人体組織の抵抗力で目が眼窩(がんか)から飛び出した人もいました。身体じゅう出血している人もいれば、自分や他人の排泄物で汚れている人もいました。恐怖とガスの効力で、犠牲者は身体の中のものを全部排出することが多いのです。なかには全体が赤くなった身体もあれば、真っ青なものもあって、みんな違っていました。でも、みんな苦しんで死んでいました。普通の人はガスが注入されて、はい終わりと考えるでしょう。でも、なんという死か!・・・・・・」(P.102)

映像のチカラを借りなくてもイマジネーションできるはずだろう。あまりにもリアルな証言が、これでもかこれでもかと続いている。

さらには、女性の死体から髪の毛を切り取り、死体のクチをこじあけて金歯・義歯を抜くこともまで「特殊任務」のユダヤ人たちがやらさていたことも証言されている。ガス殺以外の汚れ仕事はすべては「特殊任務」が行う仕事だったのである。

おなじく「特殊任務」についていたフランス系ユダヤ人の画家ダヴィッド・オレールが解放後に描いたデッサン画が多数挿入されているが、写真以上のリアリティを感じさせるものがある。

「特殊任務」についていたユダヤ人たちも抹殺される運命にあったのだが、収容所での反乱などがキッカケとなり焼却棟が解体されることになる。そのおかげで、著者もまた奇跡的に生き残ることできた。

そんな著者がようやく語ることができるようになったのは解放から47年たった1992年になってからのことだという。イタリアでも反ユダヤ主義が増えてきたことに危機感をもったからだ。

本書には、著者みずから体験したこと、自分の目で見たこと以外は語られていない。隠蔽も誇張もないリアルな証言である。その意味では第一級の証言である。想像を越えた悲惨な状況をあえて語ることにした著者の勇気と、証言を引き出したインタビュアーには敬意を表したい。



ドイツ占領下のギリシアから強制収容所に送られたユダヤ人

著者はギリシア在住のイタリア系ユダヤ人であった。1492年のスペイン追放で難民となり、イタリアを経てギリシアに定住することになったユダヤ人の末裔である。

移住当時のギリシアはオスマン・トルコ帝国領であったが、同時代の欧州とは違って、トルコは異教徒にも寛容な帝国であった。

独立後のギリシアが第二次大戦中にドイツに占領されたことは、ギリシア国民にとっては大きな災難であったが、とりわけユダヤ人にとっては過酷なものとなったのである。スペイン追放から約450年後には、はるかに上回るスケールの迫害の犠牲者となったからだ。

ギリシア系ユダヤ人はスペインから移住したこともあってスペイン語方言のラディーノ語を母語として使用していた。著者自身はギリシア語も話していたようだが、母親はギリシアにいながらギリシア語は解しなかったようだ。

映画『サウルの息子』の主人公はハンガリー系ユダヤ人だが、おなじユダヤ人といってもハンガリー系とギリシア系とのあいだでは、日常的に使用する言語が違うので意思疎通は容易ではなかったようだ。著者は収容所に入れられてからドイツ語を覚えたという。かつてオーストリア=ハンガリー二重帝国であったハンガリーではドイツ語も使用されていた。

そんなことも、著者の証言から知ることができることも付記しておこう。そういったディテールにかんする証言もまた、本書のリアリティを高めている。





目 次

序文 シモーヌ・ヴェイユ(ショアー記念財団会長)
本書によせて ベアトリス・プラスキエ(インタビュアー)

まえがき
第1章 収容前-ギリシャでの生活
第2章 アウシュヴィッツでの最初の一か月
第3章 特殊任務部隊-焼却棟
第4章 特殊任務部隊-ガス室
第5章 反乱と焼却棟の解体
第6章 強制収容所-マウトハウゼン、メルク、エーベンゼー

歴史のノート-ショアー、アウシュヴィッツ、そして特殊任務部隊(マルチェッロ・ペゼッティ)
ギリシャのイタリア系ユダヤ人-大失策の小史(ウンベルト・ジェンティローニ)
ダヴィッド・オレールについて
訳者あとがき



著者プロフィール

シェロモ・ヴェネツィア(Shlomo Venezia)
1923年、ギリシャのテッサロニキ生まれのイタリア系ユダヤ人。21歳のときにアウシュヴィッツ=ビルケナウに強制収容され、特殊任務部隊で同胞の遺体処理という地獄の体験をする。本来なら収容所解放前に抹殺される運命だったが、奇跡的に逃れて生き延びた数少ない生存者のひとり。1992年からこの惨劇を広く伝えるために講演活動を始め、現地へも研究者や政治家などとともに50回近く訪れている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

翻訳者プロフィール

鳥取絹子(とっとり・きぬこ)
1947年、富山県生まれ。フランス語翻訳家、ジャーナリスト。お茶の水女子大学卒業。翻訳書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

映画 『サウルの息子』(2015年、ハンガリー・ドイツ)を見てきた(2016年1月28日)-絶滅収容所でゾンダーコマンド(=特殊任務)を遂行していたハンガリー系ユダヤ人の「人間性」を維持するための戦いは・・・

書評 『プリーモ・レーヴィ-アウシュヴィッツを考えぬいた作家-』(竹山博英、言叢社、2011)-トリーノに生まれ育ち、そこで死んだユダヤ系作家の生涯を日本語訳者がたどった評伝
・・イタリア系ユダヤ人でアウシュヴィッツ生き残りの作家は、最後は自殺してしまう

書評 『毒ガス開発の父ハーバー-愛国心を裏切られた科学者-』(宮田親平、朝日選書、2007)-平時には「窒素空中固定法」で、戦時には「毒ガス」開発で「祖国」ドイツに貢献したユダヤ系科学者の栄光と悲劇
・・「(ハーバーの)没後のことであるが、みずから開発した農薬の殺虫剤チクロンBが、ナチスの絶滅収容所において同胞のユダヤ人の命を抹殺することに使用されるとは、よもや想像だにしなかったであろう。」

鎮魂!「日航機墜落事故」から26年 (2011年8月12日)-関連本三冊であらためて振り返る
・・「『墜落遺体-御巣鷹山の日航機123便-』(飯塚訓、講談社+α文庫、2001 単行本初版 1998)は、事件調査の立場から行われた警察による「遺体確認」の記録である。事故で亡くなったのは520人、しかし墜落事故による遺体はバラバラの断片になってしまったものも多い。 大規模事故における危機管理、真夏の猛暑日の連続のなかでおこなわれた遺体収容作業と遺体確認作業のすさまじい日々・・」  自然死や事故死とは違うのがアウシュヴィッツのガス室から引き出される遺体。死体そのものはまさにモノであるが・・・。

書評 『猟奇博物館へようこそ-西洋近代の暗部をめぐる旅-』(加賀野井秀一、白水社、2012)-猟奇なオブジェの数々は「近代科学」が切り落としていった痕跡 
・・「フランス革命もその渦中においては、さまざまな猟奇的副産物(!)を生み出していることに留意しなくてはならない。蝋人形館で有名なマダム・タッソーは、マリー・アントワネットをはじめギロチンで斬首された人々の血のしたたる生首から、蝋(ワックス)で型どりして蝋人形をつくっていた女性なのである!」

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」
・・「バルカン半島の先端に位置し、ヨーロッパ大陸とアジア大陸の接点に位置するという地政学上の重要性が、この小国の運命をつねに翻弄してきたギリシア」。第二次大戦中のドイツによる占領についても扱われている。




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2016年2月7日日曜日

映画 『オデッセイ』(2015年、米国)を見てきた(2016年2月7日)-火星にたった一人取り残された主人公は「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」でサバイバルする


先週から日本公開されているハリウッド映画の『オッデセイ』(2015年、米国)を、TOHOシネマズで見てきた(2016年2月7日)。

近未来を舞台にしたSFアドベンチャー映画で、サバイバルものである。主演はマット・デイモン、監督はリドリー・スコット。



NASA の火星探索ミッション遂行中のクルーは、予期せざる突然の砂嵐に巻き込まれ、行方不明になった主人公一人を残したまま命からがら火星を脱出。だが、隊長を筆頭にクルー・メンバーを見捨てたのではないのかという良心の呵責がわだかまる。

ところが、主人公は生き残っていたのだ。チームメンバーも NASA も知ることなのないまま。

生き残ったのはたのはいいのだが、次のフライトが火星に来るのはなんと1,400日後、つまり4年後だ。火星は地球から 2億2,530万kmも離れている。しかも、そう頻繁にロケットが打ち上げられるわけではない。

通信は途絶え、食料も31日分しかないという極限状況に追い込まれていることに気がつく主人公。 こんな極限状況のなか、主人公はとにかく前向きの姿勢でサバイバルすることのみを考える。けっしてあきらめないのだ。

(日本版チラシ)

ネットも使えない状況では検索もできない。頼りになるのは、生き残るというきわめて強い「意思のチカラ」と「アタマの引き出し」のみだ。

植物学専攻の主人公は、次々と発生する難問を一つ一つ問題解決していくが、一難去ってまた一難という状況だ。だが、神に祈ることはいっさいしない。頼るのは自分のアタマのなかにある科学知識と手仕事のスキルのみである。資源の限られた閉鎖空間のなかで生き抜くには、これしか対応がないのだ。この姿勢は最初から最後まで一貫している。地頭(ぢあたま)のよさを感じさせる主人公である。

最後の最後までアクシデントつづきで、一瞬たりとて気が抜けない内容だが、ストーリーの面白さと、ディテールにこだわった圧倒的な映像のパワーで、最後まで楽しめる知的エンターテインメント映画だ。アカデミー賞は間違いないだろう。見て絶対に損はない。

原題は The Martian といたってシンプルなもの。「火星人」という意味だ。英語版のポスターにある Bring him home (帰還させよ)は、 映画のなかでは Bring him home alive ! というセリフとして登場する。「生還させよ」という意味だ。これは「地球人」からの要求だ。

(チラシのウラ)

近未来の設定であるが、正確な年代は映画のなかでは示されない。なぜか全編を流れるのは、ドナ・サマーやグロリア・ゲイナーなど、1970年代から80年代にかけてのディスコ音楽のヒットソングばかりで、なんだかひじょうに不思議な感覚にとらわれるのだ。映画を見ていてカラダが動いてしまう。この感覚は、わたしと同世代の人間ならわかると思う。

リドリー・スコット監督の傑作SF映画 『ブレードランナー』(1982年)では、近未来のロサンゼルスが舞台で日本がテーマとしてかかわっていたが、今回の『オデッセイ』(2015年)では、とってつけたような印象が残るものの中国がからんでくる。映画配給のマーケティング目的もあろうが、こと宇宙分野では中国に優位性があるのは否定できない。東京ではなく北京なのだ。この30年の変化は残念ながらじつに大きいと感じないわけにはいかない。

地球以外の宇宙空間には国際法が適用されるので、火星は公海だという法的扱いにかんする指摘も、ストーリーとは直接は関係ないが興味深い。

リーダーシップとチームワークなど、いろんな観点からも捉えることも十分に可能な内容だ。ぜひ原作も読んでみたいという気持ちにさせられる。アンディー・ウィアのSF作品 『火星の人』(The Martian)は、アメリカでベストセラーなのだという。

期待を裏切らない文句なしの傑作である。もう一度見たい。






<関連サイト>

映画 『オデッセイ』 公式サイト(日本語)

映画『オデッセイ 』予告編

THE MARTIAN | Bring him Home | Official Trailer | HD (トレーラー英語)


全米ベストセラー小説『火星の人』の映画版『オデッセイ』、評価が真っ二つの理由 (日経トレンディ、2016年2月5日)
・・この記事によれば、原作にも中国が描かれているとのことだ


映画にでてくるディスコ音楽のヒットソングから

I Will Survive (Gloria Gaynor) (YouTube)

Donna Summer- Hot Stuff (YouTube)

(2016年2月12日 情報追加)


<ブログ内関連記事>


「アタマの引き出しは生きるチカラ」だ!-多事多難な2011年を振り返り「引き出し」の意味について考える
・・「すべてをアタマのなかに記憶して持ち運んだのです。まさに究極のポータブル・ナレッジ、まさに文字通りのノマド(=遊牧)ライフですね。 すべてを失ったかにみえた災難であっても、アタマをさしながら 「ここにすべてがある!」 とクチにすることができるのです。」


火星探査ミッションのシミュレーション

書評 『バイオスフィア実験生活-史上最大の人工閉鎖生態系での2年間-』(アビゲイル・アリング/マーク・ネルソン、平田明隆訳、講談社ブルーバックス、1996)-火星探査ミッションのシミューレーションでもあった2年間の記録


マット・デイモン主演作

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ
・・アパルトヘイト廃止後の南アフリカで開催されたラグビーワールドカップ大会を描いた映画

映画 『プロミスト・ランド』(米国、2012)をみてきた(2014年9月8日)-衰退するコミュニティ(=共同体)とプロミスト・ランド(=約束の地)
・・マット・デイモン主演で、みずからが脚本を書きプロデュースした映画


サバイバルもの

書評 『江戸時代のロビンソン-七つの漂流譚-』(岩尾龍太郎、新潮文庫、2009)-日本人がほんらいもっていた、驚くべきサバイバル能力に大興奮!! ・・航海中に遭難し絶海の孤島で生き延びた日本人たち

書評 『私は魔境に生きた-終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年-』(島田覚夫、光人社NF文庫、2007 単行本初版 1986)-日本人のサバイバル本能が発揮された記録
・・大東亜戦争の敗戦を知らずサバイバルした日本人たちの記録

映画 『コン・ティキ』(2012年 ノルウェー他)をみてきた-ヴァイキングの末裔たちの海洋学術探検から得ることのできる教訓はじつに多い
・・ノルウェーのヘイエルダール博士の第1回探検行の映画化

アムンセンが南極に到達してから100年-西堀榮三郎博士が説くアムンセンとスコットの運命を分けたチームワークとリーダーシップの違い
・・ノルウェーの探検家アムンセンはなぜ成功したのか?

(2016年2月18日 情報追加)




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2016年2月5日金曜日

「日本近代建築の父アントニン・レーモンドを知っていますか-銀座の街並み・祈り-」にいってきた(2016年1月28日)-日本の教会建築と洋風建築に大きな影響を与えた知られざる建築家を知る


先週のことだが、「日本近代建築の父アントニン・レーモンドを知っていますか-銀座の街並み・祈り」に立ち寄ってみた(2016年1月28日)。銀座の教文館創業130年記念企画である。

アントニン・レーモンドといっても、知っている人はあまり多くないだろう。わたしも5年ほど前までは知らなかった。

でも、フランク・ロイド・ライトなら知っている人もいるのではないだろうか? フランク・ロイド・ライトはアメリカを代表する建築家で、帝国ホテル(旧館)の設計者である。

アントニン・レーモンドは、そのフランク・ロイド・ライトに誘われて帝国ホテル建築のために1919年に来日したアメリカの建築家だ。その後、日本で独立して建築事務所を開設し、第二次世界大戦前後の40年間も日本で建築の仕事をしていた人だ。戦争中の10年間はアメリカに戻っていた。

(レーモンドが設計して事務所も置いていた銀座の教文館ビル 筆者撮影)

この企画展は、銀座の教文館の130年記念として開催されているものだ。教文館は昨年(2015年)のNHK朝ドラの主人公・村岡花子が勤務していたキリスト教関連の出版社で書店でもある。

レーモンドは現在も存在する教文館ビルを設計し、そのなかに事務所もおいていたそうだ。完成は1933年(昭和8年)のことである。

日本の教会建築や銀座の建築物など多数の「近代建築」を設計し、日本の建築家に大きな影響を与えたというレーモンド。 代表的な作品で現存しているものとしては銀座の教文館ビルのほか、立教大学聖パウロ礼拝堂、目黒の聖アンセルモ・カトリック教会、南山大学など多数あるが、建築物の多くはすでに解体されてしまっているのは残念なことだ。

日本の教会建築といえば、おなじく戦前に来日して活躍したヴォーリズがいるが、メンソレータム(・・現在は商標権の関係からメンタームとして再出発)でも有名なアメリカ人である。教会建築と洋風建築の普及に大いに貢献した人物だ。ヴォーリズほど知られていないレーモンドだが、もっとも一般的な認知度があがるべきだろう。なぜなら、レーモンドはヴォーリズとは違って、本格的に建築学を勉強した人だからだ。

(レトロな雰囲気の教文館内部 筆者撮影)

もともとはハプスブルク帝国統治下のチェコで1888年に生まれ、プラハ工科大学で建築を学んだのちにアメリカに移住した人である。「生きた建築史博物館」ともよばれるプラハで青春時代を過ごしたことは、建築家にとってはきわめて大きな財産だったのではないだろうか。

日本に定住することにした理由には、フランク・ロイド・ライトの影響を脱することもあったようだ。近代建築に日本的な要素を加えることで差別化を図り、独自の境地を開くという発想。あまりにもカリスマ的な人物の影響圏から出発すると、そこから自立するには並大抵ではない苦労が伴うものだ。

戦時中はアメリカに戻っていたが、その間に対日作戦で重要な役割を果たしたことは明記しておくべきだろう。アメリカ陸軍(・・当時まだ空軍は独立していなかった)の戦略爆撃作戦の一環である焼夷弾攻撃の実効性を高めるために行われた実験のため、日本の木造家屋の模型を設計したのがレーモンドだったのだ。

そんなレーモンド(1888~1976)と日本とのかかわりを知ることは意味のあることだ。スペースの関係から教会建築と銀座の建築物に範囲を限定した企画であるが、関心のある人は立ち寄ってみるのもいいかと思う。3月10日まで。入場料500円。





<関連サイト>

教文館創業130年記念企画 アントニン・レーモンド展



<ブログ内関連記事>

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる
・・「アメリカは日本の戦意をくじくため、民間人(=シビリアン)に対する違法な爆撃作戦を遂行したが、原爆と同様に徹底的に研究したうえで実行に移している。効果的かつ効率的(effective and efficient)な成果をあげるために採用したのが焼夷弾であった。日本家屋の特性を踏まえたものであった。焼夷弾攻撃の実験は、アリゾナ州の砂漠のなかで行われた。木造で燃えやすい日本家屋の実物大の模型を作製し、焼夷弾実験を繰り返して詳細なデータを収集し解析を行っていたという。その成果を踏まえて実行されたのがB29による東京空襲作戦なのである。
そしてその日本家屋の模型建設にかかわっていたのが、戦前と戦後の日本で洋風建築普及に大きな貢献をしたアントニン・レーモンドというチェコ出身でアメリカに帰化した建築家であった。帝国ホテル設計者フランク・ロイド・ライトの弟子として初来日したレーモンドは、アメリカの軍籍をもつインテリジェンス・エージェントでもあったのだ。いわゆる諜報活動に従事していたのである。
このエピソードは第2章で取り上げられているが、ワシントンハイツという「建築物」を描いた本書の隠れたテーマを示唆するものできわめて重要なものだ。」  アメリカに帰化したレーモンドには、第一次大戦で米陸軍情報部勤務の軍歴がある。

「信仰と商売の両立」の実践
・・教会建築と洋風建築

NHK連続ドラマ小説 『花子とアン』 のモデル村岡花子もまた「英語で身を立てた女性」のロールモデル


建築関連

「ルイス・バラガン邸をたずねる」(ワタリウム美術館)(2009年12月27日)

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007)-「出会い」の喜び、素晴らしさについての本
・・「メルセデスのスポーツカーを買うためのカネを用意してニューヨークに来たカネ持ちの青年が、父親の友人であり、かつて帝国ホテルの設計も行った建築家フランク・ロイド・ライトに連れられて入った日本画廊で出会った1枚の日本画に魅了され、逡巡した末に大枚はたいて購入してしまったことから物語が始まる。」

「ルイス・バラガン邸をたずねる」(ワタリウム美術館)(2009年12月27日)

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」

ここにも伊東忠太設計のインド風建築物がある-25年ぶりに中山法華経寺を参詣(2015年1月20日)

『前田建設ファンタジー営業部』(前田建設工業株式会社、幻冬舎、2004)で、ゼネコンの知られざる仕事内容を知る

解体工事現場は面白い!-人間が操縦する重機に「人機一体」(=マン・マシン一体)を見る


教会建築

フィリピンのバロック教会建築は「世界遺産」-フィリピンはスペイン植民地ネットワークにおけるアジア拠点であった

書評 『「結婚式教会」の誕生』(五十嵐太郎、春秋社、2007)-日本的宗教観念と商業主義が生み出した建築物に映し出された戦後大衆社会のファンタジー
・・現代日本に出現した信仰とは無縁の教会もどき建築物




(2012年7月3日発売の拙著です)







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2016年2月2日火曜日

映画 『サウルの息子』(2015年、ハンガリー)を見てきた(2016年1月28日)-絶滅収容所でゾンダーコマンド(=特殊任務)を遂行していたハンガリー系ユダヤ人の「人間性」を維持するための戦いは・・・


映画 『サウルの息子』(2015年、ハンガリー・ドイツ)を見てきた(2016年1月28日)。東京・有楽町のヒューマントラストシネマにて。

ナチスの絶滅収容所アウシュヴィッツ=ビルケナウを舞台にしたヒューマンドラマである。ハンガリー人の無名の新人監督が、いきなりカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したということが日本公開前に紹介されていたことも、観客に足を運ばせる動機のひとつになるだろう。

だが、ヒューマンドラマとはいったが、けっして心温まる映画という意味ではない。極限の不条理な状況で、究極の選択を迫られる主人公の最後の数日間を描いた作品だ。英語タイトルは Son of Saul、ハンガリー語では Saul fia である。



主人公サウルは、ハンガリー系ユダヤ人音声ではサウルではなくシャウルと聞こえるのはハンガリー語のためか。絶滅収容所内部で特殊な仕事をさせられているゾンダーコマンドの一人である。ゾンダーコマンド(Sonderkommando)というドイツ語は「特殊任務」を意味する。

特殊任務の内容とは、収容所のナチス親衛隊SS将校たちの指揮のもと、同胞のユダヤ人たちをガス室に送り込み、遺体を焼却炉で焼き、遺灰を川に捨てるという作業である。断末魔の苦しみの声を聞き、死臭を嗅ぎ、所持品を奪い取るという、きわめて非人間的な行為である。収容所のドイツ人は自ら手を汚さずに、汚れ仕事をユダヤ人に押し付けていたのだ。

主人公の母語はハンガリー語で字幕がつくが、収容所内で聞こえてくる汚い響きのドイツ語には字幕はつかない。収容所の管理者たちの話すコトバは、ノイズに過ぎないと示唆しているかのように。

しかし、かれらゾンダーコマンドたちも、いずれは「最終処理」される運命にある。八方ふさがりで脱出不可能な生き地獄であることに変わりはない。

 (英語版ポスター)

主人公がある日、収容所内で息子とおぼしき遺体を偶然目にしたことからこの物語は始まる。

ユダヤ教の儀式にのっとり葬りたいと思いながらも、収容所内にはユダヤ教指導者のラビがいないため、それが可能とならない。ユダヤ教では火葬が禁じられているためだ。収容所内では有無をいわず焼却炉に送られてしまう。

危険を冒しながら収容所内を奔走してラビを探す主人公の数日間。主人公にとって、息子をユダヤ教の儀式に従って葬るというただ一点に執着することが、生き地獄のなかで「人間性」を維持するためには必要だったのだ。そしてそれが主人公に生きるチカラを与える。

しかも、収容所内ではゾンダーコマンドの有志たちによる脱走計画が進行していた。虫けらのように殺されていくのを甘受するのではなく、強い意志をもって同志として行動を起こすこともまた、生き地獄のなかで「人間性」を維持するための戦いでもあった。

主人公もまた、脱走計画の一員として任務を遂行していたのであったが・・・・。

(ハンガリー語版ポスター)

主人公の視点で動くカメラワークを追いながらの107分はあっという間に過ぎてしまう。けっして内面には踏み込まないのだが、主人公の行動そのものに意味があるのだ。見終わったあとも、一言で片付けてしまうことのできない感じを抱き続けることになる。

どこまで実話にもとづくのかわからないが、極限の不条理な状況に追い込まれた人間が、はたして人間性を維持できるのかという究極の問いを考える材料にはなるのではないか。

結末は、もちろん、ハッピーエンドではない。それを前提に見るべき映画である。




PS その後、この映画の監督が参照しているであろう 『私はガス室の「特殊任務」をしていた-知られざるアウシュヴィッツの悪夢-』(シュロモ・ヴェネツィア、鳥取絹子訳、河出書房新社、2008)を読んでブログに書評として書いてみた。この本を読むと、背景にかんしては事実を踏まえたものであることがわかる。ただし、主人公が実在の人物かどうかはわからない。映画化されていない事実も「特殊任務」生き残りの体験者の証言として文字化されているので、ぜひ読むことをすすめたい。(2016年2月13日 記す)。


PS2 映画 『サウルの息子』(2015年、ハンガリー)が第88回アカデミー賞外国語映画賞受賞! (2016年2月29日 記す)



<関連サイト>

映画 『サウルの息子』公式サイト(日本版)

映画『サウルの息子』予告編(シネマトゥデイ)


<ブログ内関連記事>

書評 『プリーモ・レーヴィ-アウシュヴィッツを考えぬいた作家-』(竹山博英、言叢社、2011)-トリーノに生まれ育ち、そこで死んだユダヤ系作家の生涯を日本語訳者がたどった評伝
・・アウシュヴィッツから生還したイタリア系ユダヤ人の作家は、最後は自殺してしまう。それほどのトラウマであった収容所体験

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・
・・『ユダヤ教の本質』の著者であったラビもまた収容所に送られていた

書評 『対話の哲学-ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜-』(村岡晋一、講談社選書メチエ、2008)-生きることの意味を明らかにする、常識に基づく「対話の哲学」

映画 『戦場でワルツを』(2008年、イスラエル)をみた
・・1962年生まれのイスラエルの青年たちがレバノン侵攻作戦で見たもの、体験したものとは

映画 『悪童日記』(2013年、ハンガリー)を見てきた(2014年11月11日)-過酷で不条理な状況に置かれた双子の少年たちが、特異な方法で心身を鍛え抜きサバイバルしていく成長物語




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2016年2月1日月曜日

「日伊国交樹立150周年 ボッティチェリ展」(東京都美術館)にいってきた(2016年1月28日)-代表作は見ることはできないが、日本では最大規模の大回顧展

(「書物の聖母」 ポスターより)

「ボッティチェリ展」(東京都美術館)にいってきた(2016年1月28日)。日伊国交樹立150周年関連のイベントの一環として開催されたものだ。

昨年開催の 「ボッティチェリとルネサンス-フィレンツェの富と美-」(Bunkamura ザ・ミュージアム)に引き続き、ボッティチェリ関連の美術展の開催はありがたい。会期は、2016年1月16日から4月3日まで。

日本初の大回顧展と銘打たれているが、代表作の「ヴィーナスの誕生」や「プリマヴェーラ(=春)」といった作品は来日していないので念のため。

これら二つの代表作は、フィレンツェのウフィツィ美術館の至宝であり、国外に貸し出されることはさすがにないのだろう。わたしはいまから四半世紀前に現地で鑑賞したが、それ以後は機会に恵まれていない。

さて、サンドロ・ボッティチェリ(1445~1510)といえば花の都フィレンツェ、そして作品の中心はテンペラ画とフレスコ画である。

テンペラ画は、卵黄などを乳化作用のある材料を固着材として用いた絵画技法のことだ。油絵と違って経年劣化がなく、そのやわらかい印象が日本人好みといえるかもしれない。わたしは大好きだ。

そしてフレスコ画は壁画のこと。教会内部や個人の邸宅の内部に描かれたものである。フレスコ画のもつ水彩画感覚が日本人受けする理由のひとつであろう。もちろんわたしは大好きだ。

今回の出展の目玉は、ポスターにも使用されている「書物の聖母」(・・上掲の冒頭の写真)。これは初来日とのことだ。

(「美しきシモネッタの肖像」 ポスターより)

そのほか、パトロンであったメディチ家の人々を描きこんだ「ラーマ家の東方三博士の礼拝」や、聖母子像の数々、そして当時のフィレンツェ一の美女で「ヴィーナスの誕生」のモデルにもなった「美しきシモネッタの肖像」などなど、ちなみに、「美しきシモネッタの肖像」は総合商社の丸紅の所有で役員応接室に飾られているのだという。ボッティチェリ作品が日本にもあるとは知らなかった。

個人的には、今回の出展で特筆すべき作品は、フレスコ画の「書斎の聖アウグスティヌス(聖アウグスティヌスに訪れた幻視)」である。フィレンツェのオニサンティ聖堂に描かれたフレスコ画だが、剥離されて保存されている。そのおかげで東京で実物を鑑賞することができるのだ。

(「書斎の聖アウグスティヌス」 wikipediaより)

テンペラ画は移動は容易だが、フレスコ画は壁に描かれた状態では現地で鑑賞するしかない。フレスコ画の「書斎の聖アウグスティヌス」は、じっさいに近寄ってみると、保存状態の良さには驚かされるだけでなく、そのすばらしさに感じるものがあろう。だが、マグネットなどに関連商品化されていないのはたいへん残念なことだ。

冒頭に書いたように代表作をすべて網羅したわけではないが、たしかにボッティチェリにかんするこの規模の展示は日本では初めてのことだろう。

イタリア・ルネサンス絵画のファンであれば、とくにボッティチェリのファンであれば、ぜったいに見逃すべきではない美術展だ。








<関連サイト>

「日伊国交樹立150周年 ボッティチェリ展」(東京都美術館)(公式サイト)

「絶世の美女」が待つ丸紅の役員フロア 企業コレクションのあるべき姿とは (日経ビジネスオンライン、2012年4月4日)



<ブログ内関連記事>

ボッティチェリ関連

「ボッティチェリとルネサンス-フィレンツェの富と美-」(Bunkamura ザ・ミュージアム)に行ってきた(2015年4月2日)-テーマ性のある企画展で「経済と文化」について考える

はじけるザクロ-イラン原産のザクロは東に西に
・・ボッティチェリの「ザクロの聖母」


フィレンツェ関連

書評 『メディチ・マネー-ルネサンス芸術を生んだ金融ビジネス-』(ティム・パークス、北代美和子訳、白水社、2007)-「マネーとアート」の関係を中世から近代への移行期としての15世紀のルネサンス時代に探る

書評 『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)-塩野七生ファンなら必読の単行本未収録エッセイ集


ラファエロ以前のイタリア・ルネサンスに目を向けさせた「ラファエル前派」

「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」(Bunkamura)にいってきた(2015年12月27日)-かつて隆盛を誇った産業都市リバプールの同時代の企業家たちが収集した作品の数々

「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860~1900」(三菱一号館美術館)に行ってきた(2014年4月15日)-まさに内容と器が合致した希有な美術展

500年前のメリー・クリスマス!-ラファエロの『小椅子の聖母』(1514年)制作から500年
・・「ラファエル前派」とはイタリア・ルネサンスを代表する画家ラファエロの前に戻れ(!)という意味の運動である

(2016年2月4日 情報追加)




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