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2017年9月18日月曜日

写真集 『妖怪の棲む杜 国立市 一橋大学』(伊藤龍也、現代書館、2016)で、ロマネスク風建築にちりばめられた建築家・伊東忠太の「かわいい怪物たち」を楽しむ

(一橋大学の国立キャンパス)


建築家・伊東忠太の代表作といえば、東京は築地本願寺のインド風の寺院建築物ということになうだろう。

ずいぶん昔のことになるが、はじめて築地本願寺を見たとき、ほんとうに不思議な感じがしたものである。浄土真宗のお寺なのに、ぜんぜん日本風ではないからだ。あまりにもエキゾチックな仏教寺院。

(ライトアップした築地本願寺 筆者撮影)

インド風ということでいえば、千葉県市川市の中山法華経寺にもインド風の建造物があるが、こちらはあまり知られていないようだ。日蓮聖人関連の宝物を収蔵した「聖教殿」である。一般的には、日蓮宗のほうがインド風の建造物は似合っているといえよう。

築地本願寺が浄土真宗でありながらインド風の建築物となったのは、大陸に雄飛した大谷光瑞の趣味も反映しているのであろう。

(伊東忠太設計になる中山法華経寺の「聖教殿」 筆者撮影)

伊東忠太が、法隆寺はギリシアのパルテノン神殿のエンタシスの影響にあるという説を打ち出したのは、みずからの3年におよぶユーラシア大陸横断というフィールドワークで得た知見によるものだ。このように、伊東忠太は建築家であると同時に建築史家であり、スケールの大きさはユーラシア大陸を股にかけた調査旅行から生まれてきたのであった。


インド風建築だけが伊東忠太の代表作ではない

だが、インド風建築だけが真骨頂ではない。一橋大学(当時は東京商科大学)のキャンパスにある兼松講堂もまた伊東忠太の代表作の一つである。

テレビドラマのロケでよく使用されるので、見たことがある人も少なくないだろう。直近では、土曜日午後6時からNHK総合でやっていた土曜時代ドラマ『悦ちゃん-昭和駄目パパ恋物語-』の最終回(2017年9月16日)で兼松講堂と図書館と池が使用されていた。主人公を演じたユースケ・サンタマリアの後ろにあるのが「兼松講堂」だ。獅子文六の原作は1936年(昭和11年)なので、時代的にもこの建築物はドラマのはふさわしい。

(ドラマ『悦ちゃん』のテレビ画面より筆者がキャプチャ) 

この建築物は、現在では講堂以外にコンサートホールとしても使用されているが、外観は西欧中世のロマネスク風である。バロックが近代であれば、ゴチックは後期中世、それ以前がロマネスクとなる。

ロマネスクとは文字通りの意味ではローマ風ということになるのだが、じっさいはキリスト教と土着信仰の融合的存在ともいうべきものであり、そのため建築物の外装には多数の怪物たちが彫刻されているのである。


ロマネスク風建築にちりばめられた「怪物たち」は伊東忠太の創作物

写真集『妖怪の棲む杜 国立市 一橋大学』(伊藤龍也、現代書館、2016)は、伊東忠太が愛した「怪物」たち(・・写真家は「妖怪」と表現しているが)に魅せられた写真家による写真集である。

ヨーロッパ中世史を専攻したわたしは、とくに考えることもなく「ガーゴイル」(・・西欧風建築物にある雨樋の上につけられた怪物の彫刻)だろうと思い込んでいたのだが、建築史家の藤森照信氏によれば、伊東忠太が創作した怪物たちも多数混じっているとのことを知った。この点にかんしては、『伊東忠太動物園』(藤森照信=編・文、増田彰久=写真、伊東忠太=絵・文、筑摩書房、1995)を参照するとよい。

ところで、昭和初期の1931年(昭和6年)に来日して、東京商科大学(=一橋大学)の国立キャンパスを訪れた経済学者シュンペーターは、 暖房設備が不備なことをわびた関係者に対して、"University is not a building."(=大学は建物ではない) と英語で語ったという。

大学の学部が市内に散在しているのが当たり前の西欧出身のシュンペーターとしては当たり前の発言であったことだろうが、伊東忠太の建築物のファンからすれば、「いや建築物こそ大学」と言いたいところだ。

建築史という未開の分野を拓いたパイオニアである一方、「化け物」をこよなく愛し、ひたすら妖怪の画を描き続けた伊東忠太。

ひそかに作り込まれた怪物たちは、じっさいに一橋大学の国立キャンパスに足を運んで見るべきだが、この写真集で楽しんでみるのもいいだろう。






<関連サイト>

「怪物の棲む講堂」 - 一橋大学 (藤森照信)
・・建築史家の藤森照信氏による解説は、伊藤忠太への愛に満ちたオマージュ


<ブログ内関連記事>

ここにも伊東忠太設計のインド風建築物がある-25年ぶりに中山法華経寺を参詣(2015年1月20日)

「築地本願寺 パイプオルガン ランチタイムコンサート」にはじめていってみた(2014年12月19日)-インド風の寺院の、日本風の本堂のなかで、西洋風のパイプオルガンの演奏を聴くという摩訶不思議な体験 
・・築地本願寺もまた伊東忠太の設計によるインド風建築物


建築家関係

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・メンソレータムの生みの親のヴォーリスは、キリスト教伝道のために日本に来たアメリカ人だが、日本に洋風建築を普及させた人でもある

「ルイス・バラガン邸をたずねる」(ワタリウム美術館)
・・ピンクの色調が特徴のメキシコの建築家

『連戦連敗』(安藤忠雄、東京大学出版会、2001) は、2010年度の「文化勲章」を授与された世界的建築家が、かつて学生たちに向けて語った珠玉のコトバの集成としての一冊でもある

本の紹介 『建築家 安藤忠雄』(安藤忠雄、新潮社、2008)
・・いわずとしれた世界的建築家。ヴォーリズとは対照的に、饒舌な人である




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2017年9月12日火曜日

JBPress連載第8回目のタイトルは、「ダイアナ元妃とマザー・テレサの名前の秘密-名前はプロファイリング情報のかたまり」(2017年9月12日)


JBPressの連載コラムの最新コラムが本日公開です。連載開始から8回目となります。

タイトルは、「ダイアナ元妃とマザー・テレサの名前の秘密-名前はプロファイリング情報のかたまり」
⇒ ここをクリック http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51015

英国のダイアナ元妃が交通事故で悲劇的な最期を迎えたのは1997年8月31日のことだった。36歳という若さでの非業の死である。あれからもう20年になる。

ダイアナ元妃の死から1週間もたたない1997年9月5日、インドのカルカッタ(現在はコルコタ)でマザー・テレサが亡くなった。こちらは87歳の大往生。晩年はさまざまな疾患を抱えていたとはいえ、天寿を全うしたといっていいだろう。

ダイアナ元妃の非業の死から1週間もたたずに亡くなったマザー・テレサ。マザーテレサは昨年2016年にカトリック教会で「列聖」され、「コルコタの聖テレサ」となった。文字通り「聖人」となってしまったのである。

だが、ダイアナとテレサの二人には共通点と相違点がある。ダイアナとテレサという女性名にまつわる意味を考えてみよう。

ファミリーネームだけでなく、ファーストネームから読み取れる情報もきわめて多い。名前はプロファイリング情報のかたまりだ。名前から読み取れるものとは何だろうか?

では、本文をお読みいただきますよう。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51015


次回の更新は2週間後の9月16日の予定です。お楽しみに。







<ブログ内関連記事>

JBPress連載第6回目のタイトルは、「独立から70年!いよいよ始まるインドの時代-舞台はインド、日英米はさらに密接な関係に」(2017年8月15日)

本日よりネットメディアの「JBPress」で「連載」開始です(2017年6月6日)

ダイアナ元妃の悲劇的な事故死(1997年8月31日)から20年-神に愛された人は早死にし、永遠に生き続ける

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド

書評 『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』(井田克征、平凡社新書、2014)-現代インドを中心とする南アジアの「聖者」たちに「宗教復興」の具体的な姿を読み取る




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2017年9月6日水曜日

「斬首作戦」は韓国軍の特殊部隊が実行すべき作戦-未遂に終わった1971年のキム・イルソン暗殺作戦をテーマにした韓国映画『シルミド』(2003年)を見るべし!

(韓国映画『シルミド』の予告編からキャプチャした画像)


 ここのところ緊張の度合いを増している北朝鮮情勢にかんして、「斬首作戦」の部隊編成を2017年12月1日までに行うと韓国軍部が表明しているが、これはまっとうな話だ。米軍の特殊部隊では北朝鮮侵入作戦は実行不可能。白人や黒人ではすぐにバレてしまう。

情報収集を含め作戦のコントロールは米軍が行うとしても、じっさいに北朝鮮内部に侵入して「斬首作戦」を実行するのは、韓国軍の特殊部隊になるのは当然だ。いわゆる実行部隊である。

韓国にとって「斬首作戦」は初めての作戦ではない朴正熙(パク・チョンヒ)大統領時代の1971年には、特殊部隊による「金日成暗殺作戦」が実行寸前までいっている。金日成(キム・イルソン)はキム・ジョンウンの祖父。当時の最高指導者であった。

作戦のミッションは、「キム・イルソンの首を持って帰ること」(Our mission is to bring back the head of KIM Il-sung.)ターゲットを暗殺して首を持ち帰ること、つまり「斬首作戦」ということになる。上掲のキャプチャ画像を参照。韓国の名優アン・ソンギが演じる特殊部隊の隊長のセリフである。

作戦そのものは直前に中止命令がでて未遂となったのではあるが、現代史の教科書には出てこない。この作戦は、その前に発生した1968年1月に発生した朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺未遂事件への報復を意図したものであった。

これは北朝鮮軍による首都ソウル侵入作戦であった。1968年1月21日、北朝鮮軍暗殺隊の31人の兵士が首都ソウルに潜入、韓国大統領府の「青瓦台」(チョンワデ)を囲むところまでいったが未然に発覚し、韓国側との激しい銃撃戦の末、29人が射殺され、1人が自爆したという事件である。



この語られることなく埋もれてた実話をもとに製作されたのが韓国映画の『シルミド』(2003年)。シルミドとは実尾島の韓国読み。この島で「キム・イルソン暗殺作戦」の過酷な訓練が行われていた。

この映画は、日本でも2004年に公開されている。もちろん映画なので事実そのものではなく脚色はあるが、この映画で「斬首作戦」にいたる過酷な訓練のプロセスをシミュレーションしてみるのもいいかもしfれない。

映画の概要については、日本語字幕付きの予告編が YouTube で見当たらないので英語字幕付きの予告編でご覧いただきたい。「斬首作戦」からみの報道で、 『シルミド』について日本のニュース報道でまったく取り上げられないのが不思議だ。

現在の事象も過去の事例を参照すれば、よい広いパースペクティブからものを見ることが可能となる。韓国映画『シルミド』は、エンターテインメント作品として楽しんだらいいだろう。







<ブログ内関連記事>

書評 『朝鮮半島201Z年』(鈴置高史、日本経済新聞出版社、2010)-朝鮮半島問題とはつまるところ中国問題なのである!この近未来シミュレーション小説はファクトベースの「思考実験」

韓国現代史の転換点になった「光州事件」から33年-韓国映画 『光州 5・18』(2007年)を DVD でみて考えたこと(2013年5月18日)

韓国で初の女性大統領誕生-彼女の父親を「同時代」として知っている世代には感慨深い

「ムクゲの花が咲きました」-原爆記念日に思うこと(2012年8月6日)





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2017年9月4日月曜日

「教養」を身につけたかったらリアル書店で無料配布している『岩波文庫解説目録』を熟読せよ!

(最新版の「岩波文庫解説目録」 2017年は岩波文庫創刊90年)

「教養」を身につけたかったらリアル書店で無料配布している『岩波文庫解説目録』を熟読せよ!

『岩波文庫解説目録』。これ一冊を熟読すれば、いわゆる「教養」はかならず身につくはずだ。

岩波文庫は、古今東西の「古典」を網羅しているから、その解説文を読んでいるだけで、その本の概要がわかるのである。

もちろん、「教養」=「知識」と考えればという前提ではあるが、「教養」は「知識」のベースがなければ成り立たない。

岩波文庫をそんなに読んでいなくても問題はない。わたし自身は、中学生の頃から岩波文庫を読むようになったが、『岩浪文庫解説目録』はその頃の愛読書であった。その頃の解説目録は「1975年夏」のもの。手垢で真っ黒になっている(下の写真)。

(かつての「愛読書」 マイコレクションより)

その頃はまだ文庫本ブーム以前の時代で、角川文庫もエンターテインメント路線ではなく、新潮文庫も文芸路線であり、岩波文庫が日本の文庫本のモデルであった。より現代に近い教養路線のものとしては「現代教養文庫」があったが、出版社の社会思想社が倒産したため、いまはもうない

そういう事情もあって、岩波文庫は昭和2年(1927年)の創刊以来90年、日本人にとっての「教養」のベースを提供し続けてくれている。これは版元の岩波書店の「戦後」の政治姿勢とは関係ない、「戦前」から引き継いだ日本人にとっての大きな財産というべきである。

なにごとも是々非々で望むべきである。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」なんていうのは愚か者の戯れ言である。「戦前」の岩波書店と、「戦後」の岩波書店は、連続しているが、不連続の側面もある。

(1977年は岩波文庫創刊50年 マイコレクションより)

その昔、岩波文庫だけでなく角川文庫も新潮文庫も文庫本カバーがなかった時代、文庫本を覆っていたのはパラフィン紙で、その下に帯があった。青・緑・黄・白・赤の色分けの帯は、それぞれ思想・日本近代文学・日本古典文学・社会科学・外国文学に対応していた。岩波文庫は、現在でもカバーに色は反映させている。

その帯には、本の内容が簡潔に記されていた。これは岩波文庫ならではのものであった。角川文庫や新潮文庫の帯には内容要約は記されてなかった。


岩波文庫の場合は、内容紹介は三行で、これがそのまま現在でもカバー表紙に印刷されている。これは読者にとってはじつにありがたいことだ。

ではじっさいにどのような文言が書かれているのか、比較的ここ数年の新刊を中心に紹介しておこう。岩波書店の公式サイトから引用しておこう。


『重力と恩寵』(シモーヌ・ヴェイユ、冨原真弓訳、2017)
https://www.iwanami.co.jp/book/b281715.html 
たとえこの身が汚泥となりはてようと,なにひとつ穢さずにいたい──絶え間なく人間を襲う不幸=重力と,重力によって自らの魂を低めざるをえない人間.善・美・意味から引きはがされた真空状態で,恩寵のみが穢れを免れる道を示す.戦火の中でも,究極の純粋さを志向したヴェイユの深い内省の書.その生の声を伝える雑記帳(カイエ)からの新校訂版.

『物質と記憶』(ベルグソン、熊野純一訳、2015)
https://www.iwanami.co.jp/book/b270887.html 
精神と物質,こころと身体の関係.アポリアと化した〈心身問題〉にベルクソンが挑む.実在論や観念論の枠組みを離れて最初から考え直してみること.そのためには問題の立て方じたいの変更が求められる.身体は生きるために知覚し,精神は純粋記憶のなかで夢みている.生の哲学から見られたときに現れる新たな世界像とは.新訳

『中国中世史』(内藤湖南、2015)
https://www.iwanami.co.jp/book/b270879.html 
日本の東洋学の祖・内藤湖南(1866-1934).彼の時代区分論は日本のみならず世界的な評価を受けている.本書は唐末五代を中世から近世への過渡期とみなすだけでなく,明清時代へと続く近世中国の特質が宋代から元代にかけて形成されたと論じる.具体的な史実に即した平明な叙述のなかに独創的で鋭い洞察に満ちた内藤史学の代表作.(解説・注=徳永洋介)

(カバー表紙に印刷されている文言と目録の文言は若干だが違いがある)


「青」に分類されるものから実例を紹介しておいたが、どうだろうか。いっけん取っつきにくい思想関係の本も、この内容紹介を読めば、なんとなく内容がわかったような気分になるだろう。さらに読んでみようという気になるかもしれない。じつに巧みな内容紹介ではないか!

個々の文庫本の解説については、岩波書店の公式サイトじたいがデータベースとなっているので検索すれば該当箇所を読むことができるのだが、いかんせん、いわゆる「古典」」そのものを前後関係をも含めて全体としてつかみとることには適していない

(「解説目録」よりギリシア哲学のページ)

その意味では、印刷版の小冊子である「解説目録」は有用であるといえよう。しかもリアル書店の店頭では最新版が「無料」で配布されているので、もらっておいて損はない。これは、電子辞書と紙に印刷された辞書との違いにも該当することだ。

『岩浪文庫解説目録』で「教養」を身につける。時代錯誤(?)かもしれないが、ぜひ実践してほしいと思う。







<関連サイト>

岩波文庫創刊90年にあたって――岩波文庫は,これからも進化し続けます (岩波書店公式ウェブサイト)


<ブログ内関連記事>

本の紹介 『阿呆物語 上中下』(グリンメルスハウゼン、望月市恵訳、岩波文庫、1953) ・・旧版のパラフィン紙時代の岩浪文庫はこんな感じ

ビジネスパーソンに「教養」は絶対に不可欠!-歴史・哲学・宗教の素養は自分でものを考えるための基礎の基礎

世の中には「雑学」なんて存在しない!-「雑学」の重要性について逆説的に考えてみる

「生誕130年 橋口五葉展」(千葉市美術館) にいってきた(2011年7月)
・・1927年創刊の岩浪文庫のブックデザインは橋口五葉が担当している

書評 『全体主義と闘った男 河合栄治郎』(湯浅博、産経新聞出版、2016)-左右両翼の全体主義と戦った「戦闘的自由主義者」と戦後につながるその系譜
・・現代教養文庫は河合栄治郎の後継者たちが「戦後」につくった社会思想社が発行していた




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2017年9月3日日曜日

書評  『戦争にチャンスを与えよ』(エドワード・ルトワック、奥山真司訳、文春新書、2017)-戦略の「逆説的論理」によって「意図せざる結果」がもたらされる


『戦争にチャンスを与えよ』(エドワード・ルトワック、奥山真司訳、文春新書、2017)を読んだ。この本は、じつに刺激的だ。知的に刺激され活性化することは間違いなし。

 「戦争にチャンスを与えよ」という1999年に発表された英語論文から全体のタイトルが取られている。本書はこの論文の自己解説と、編訳者が著者に行った関連インタビューを一冊にまとめたもの。

 「戦争にチャンスを与えよ」という耳慣れないタイトルについてだが、本書には説明はないが、英語の Give PEACE a chance. の PEACE を WAR に入れ替えたものだろう。Give PEACE a chance.は言うまでもなくジョン・レノンの曲名。

著者の主張は、真の平和を欲するのであれば、戦争の当事者が不完全燃焼にならないように下手な介入はするな、というものだ。介入するなら、戦争相手国が敗戦したあとの戦後復興まで含めてフルコミットせよ、と。

戦争に負けた側は、敗戦後はまずは復興にチカラを注ぐから結果として平和になる。中途半端な停戦となると、お互いが再戦のために準備を注ぐため平和は訪れない。しかし平和がつづくと不感症になり、大丈夫だろうという根拠なき慢心が戦争を誘発する危険を高める。

これが著者のいう戦略の「パラドクシカル・ロジック」(=逆説的論理)というやつだ。戦争が平和をもたらし、平和が戦争をつくりだす。パレスチナ難民のように、難民キャンプでの支援が難民の存在を永続化させてしまうこともある。

この逆説的なロジックは、「意図せざる結果」と言い換えてもいいだろう。良かれと思った行為が、意図と反して逆の結果をもたらすことは、日常でもよく観察されるところだ。

このほか、戦略家の著者による「巨大で不安定な大国である中国」への対応、北朝鮮論への対応策、徳川家康を絶賛した戦国武将論、英国論など、いずれも刺激的で面白い。徳川家康も後期の大英帝国も、その巧みな同盟つくりによって成功したという指摘は重要だ。著者は、同盟は不快で苦痛を伴うものだという指摘も忘れない。日米同盟も同様であろう。

とくに著者の長年の研究テーマであるビザンツ帝国(=東ローマ帝国)の軍事戦略分析から得られる7つの教訓は、もっとも成功した戦略の実例として興味深い。ビザンツ帝国は千年続いた世界最長の帝国である。

全体的にインタビューで構成されているので読みやすいと思う。だが、ここで述べられている発想と思想は、いわゆる「平和愛好家」の神経を逆なでするものであろう。

こんなこと活字にしてしまっていのか(?)といった、現在74歳の著者自身による武闘派的エピソードも披露されているが、著者は象牙の塔のなかの研究者ではなく、つねに実戦的なフィールドに身を置いてきた人である。

おなじ編訳者による『中国4.0-暴発する中華帝国-』(文春新書、2016)とあわせ読むことを薦めたい。






<関連サイト>

Edward Luttwak (Wikipedia英語版
・・こちらは情報量が多いので、ルトワック氏のプロファイルと業績について知るには、英語版を見ておくことが重要





<ブログ内関連記事>

書評 『中国4.0-暴発する中華帝国-』(エドワード・ルトワック、奥山真司訳、文春新書、2016)-中国は「リーマンショック」後の2009年に「3つの間違い」を犯した

「意図せざる結果」という認識をつねに考慮に入れておくことが必要だ
・・どうも中国は、自分の行為がいかなる結果を引き起こすかについての想像力を著しく欠いているようだ。つまり、ルトワック氏のいう「パラドクシカル・ロジック」(=逆説的論理)が分かっ5ていないということ意味している

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996) 
・・第4章で「意図せざる結果」についての重要な指摘がある。この本は必読書。

「ストライサンド効果」 (きょうのコトバ) 
・・「インターネット上に公開された情報を、個人や企業が封じ込めようとすればするほど、かえってその情報が拡散してしまうという、「行為の意図せざる結果」がもたらされてしまう現象のこと」

アダム・スミスの 「見えざる手」 は 「神の手」 ではない!-それは 「意図せざる結果」の説明として導入されたものだ




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2017年8月31日木曜日

ダイアナ元妃の悲劇的な事故死(1997年8月31日)から20年-神に愛された人は早死にし、永遠に生き続ける


本日は、1997年8月31日のダイアナ元妃の悲劇的な事故死から20年目になる。

早いもので20年か。それにしてもダイアナ元妃の人気が衰えることはない。36歳という若さで亡くなったということもあろう。生きていれば56歳。そうか、自分とは同世代の人だったのだなあ、と。

神に愛された人は早死にし、永遠に生き続けることになる。若き日のイメージはそのまま固定化する。つい先日(2017年8月16日)、没後40年を迎えたエルヴィス・プレスリーも同様だ。

(TIME誌 1981年8月10日号 マイコレクションより)

おとぎ話のようなロイヤルウェディングの華やかさ。それとはあまりにも対照的な人生の真実の数々。離婚前からすでにさまざまな憶測やスクープ合戦の対象となっていたが、真相はいまだに完全にあきらかになったわけではない。暴露合戦は死後20年たったいまなお続いている。

ダイアナ元妃は、すでに「偉人伝」」の人である。

『ダイアナ-恵まれない人びとに手をさしのべたプリンセス- (小学館版 学習まんが人物館)』(石井美樹子=監修、いちかわ のり=マンガ、小学館、1998)という子ども向けの「学習マンガ」になっている。



晩年の対人地雷廃絶運動などの活動が、同時代人でおなじく1997年の9月5日に没したマザー・テレサと並んで、世界中の人びとを感動させたことも記憶に残っている。マザー・テレサは昨年(2016年)9月5日に列聖されて「コルコタの聖テレサ」となった。

悲劇的な事故死の翌年には、『ダイアナ死して、英国は蘇る』(多賀幹子、毎日新聞社、1998)という本も日本で出版されている。ダイアナが皇太子妃として英国に登場した1981年からその死までの16年間。ダイアナ以前と以後の英国王室も英国じたいも大きく変化し、この20年間でその大きな変化を消化してきた。

ダイアナ元妃には、若くして死んだ悲劇的な美しいプリンセスというイメージがある。それとは裏腹の膨大な量のスキャンダル報道。聖性と俗性。聖女と悪女。そんな二項対立が容易に思い浮かぶ。

マザー・テレサもじつは似たような存在であることは、知る人ぞ知る話である。 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)という本には、「天使に会うためなら悪魔とも取引しろ」というマザー・テレサのポリシーも紹介されている。毀誉褒貶(きよほうへん)あいなかばする、清濁併(せいだくあわ)せのむ人だったのだ。

ダイアナ元妃と同時代を生きてきた人間としていろいろ思うことがあるのだが、長々と書いても仕方ない。ここらへんで切り上げることとしよう。








<関連サイト>

なぜ故ダイアナ元妃は世界中を魅了したのか? 6枚の写真で振り返る(ハフィングポスト、2017年8月30日)


<ブログ内関連記事>

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?

スティーブ・ジョブズはすでに「偉人伝」の人になっていた!-日本の「学習まんが」の世界はじつに奥が深い

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド

(2017年9月3日 情報追加)




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2017年8月29日火曜日

JBPress連載第7回目のタイトルは、「どう付き合う?今もなおアジアに深く根を下ろす英国-日本と英国の利害が重なり合う場「ブルネイ」」(2017年8月29日)


JBPressの連載コラムの最新コラムが本日公開です。連載開始から7回目となります。

タイトルは、どう付き合う?今もなおアジアに深く根を下ろす英国 日本と英国の利害が重なり合う場「ブルネイ」
⇒ ここをクリック http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50883

英国のメイ首相が明日(2017年8月30日)から初めて来日することになっています。今回の来日は日本政府による招待であり、公賓としての来日となります。

首脳会談では、喫緊の課題である北朝鮮の核問題対策が話し合われるとされていますがあ、もちろん「ブレグジット」(EU離脱)後をにらんだ英国と日本の関係強化も目的の1つでしょう。

日本から見れば、英国はユーラシア大陸を挟んで対極の位置にある欧州の島国ですが、アジアの植民地を手放していった「大英帝国」後の英国が、それでももなおアジア太平洋地域に深い利害関係をもっていることに注意喚起したい思います。

(ブルネイの位置 Google Map)  

その一つの「場」が、東南アジアの小国ブルネイなのです。そして英国はそのブルネイにいまなお陸軍部隊を駐留させており、その中核は世界最強の「グルカ兵」なのです。

では、本文をお読みいただきますよう。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50883


(ブルネイのスルタン 英語書籍の表紙)


次回の更新は2週間後の9月12日の予定です。お楽しみに。







<ブログ内関連記事>

JBPress連載第6回目のタイトルは、「独立から70年!いよいよ始まるインドの時代-舞台はインド、日英米はさらに密接な関係に」(2017年8月15日)

JBPress連載第2回目のタイトルは、「怒れる若者たち」の反乱-選挙敗北でメイ首相が苦境に、目を離せない英国の動向」(2017年6月20日)

本日よりネットメディアの「JBPress」で「連載」開始です(2017年6月6日)

ついに英国が国民投票で EU からの「離脱」を選択-歴史が大きく動いた(2016年6月24日)

会田雄次の『アーロン収容所』は、英国人とビルマ人(=ミャンマー人)とインド人を知るために絶対に読んでおきたい現代の古典である!
・・グルカ兵の話がでてくる




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2017年8月28日月曜日

開業50周年の西武百貨店船橋店が「閉店」・・百貨店死滅の時代にお前もか!?(2017年8月26日)

(斜めの角度から撮影した西武百貨店船橋店 筆者撮影)

百貨店業態が「冬の時代」から「死滅」への流れは、抗いがたい時代の流れではあるが、西武百貨店船橋店もまた「閉店」するのだというニュースが2017年8月26日に流れた。まことにもって残念なニュースである。

経済を専門とする日本経済新聞には以下のような記述がある。

西武船橋店が閉鎖、駅周辺の顧客争奪で苦戦(日本経済新聞、2017年8月26日)https://www.nikkei.com/article/DGXLASFB25HDS_V20C17A8L71000/
西武船橋店(千葉県船橋市)が閉鎖に追い込まれた背景には、船橋駅周辺での商業施設間の競争激化がある。東武百貨店船橋店(同市)などとの顧客争奪戦に加え、市内にはららぽーとTOKYO―BAYやイオンモール船橋などもあり、西武船橋店は苦戦を強いられていた。西武船橋店は2018年2月末の閉鎖後、複合施設への転換で再出発を目指す。 (・・中略・・)
 船橋市は大型商業施設がひしめく激戦地だ。JR東日本や東武鉄道、京成電鉄の3社が乗り入れ、1日40万人以上が利用する船橋駅には駅直結の東武船橋店もある。駅前ではJR東日本が18年春に商業施設やビジネスホテルが入る複合施設を開業する計画で、駅周辺の競争環境は一段と厳しくなる見通しだ。 (・・後略・・)

記事によれば、西武百貨店船橋店は1967年9月の開業で、ことしはちょうど50周年の節目だったのだ。そう知ればなおさら残念な気持ちになる。

駅前の好立地であっても、船橋市を含む東京湾岸地域(ベイエリア)が商業激戦地であることを考えれば仕方ない。売り上げもピーク時の1991年の3割に落ちていたいうのだから。

上掲の写真は、意図せずに斜めの角度から撮影した西武百貨店船橋店であるが、右隣で建設中だったホテルの影が映いこんでいる。業績だけでなく、店舗も傾いたようになってしまったのは、これまた意図せざる行為であろうか。

(西武百貨店船橋店の屋上のヒツジ 夏場はここがビアガーデンに 筆者撮影)

わたしの高校時代は1970年代後半にあたるが、その頃はほぼ毎週土曜日には通っていた。というのも、西武船橋店には当時、書店のリブロだけでなく、なんと「美術館」まであったからだ。

バブル発生前の1980年代の前夜、「セゾン文化」のはしくれは船橋でも享受できたのだ。その後の1980年代後半の「バブル時代」と「セゾン文化の時代」は同時代現象として進行したが、船橋のような土地でも、採算度外視で文化事業を遂行した堤清二氏は、じつに偉大だったとつくづく思う。

いまのわたしがあるのも、高校時代の西武百貨店通いがあったおかげだと思っている。東京まで出なくても「文化」の末端を知ることができたからだ。

流通業態としての百貨店にはもはやレゾンデートルはないにしても、かつて担っていた文化機能の重要性については指摘しておきたい。






<ブログ内関連記事>

書評 『叙情と闘争-辻井喬*堤清二回顧録-』(辻井 喬、中央公論新社、2009)-経営者と詩人のあいだにある"職業と感性の同一性障害とでも指摘すべきズレ"
・・回想録をつうじて経営者・堤清二=詩人・辻井喬(つじい・たかし)のズレを確認する

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・堤清二の『ユートピアの消滅』(集英社新書、2000)を取り上げている。セゾングループもまたユートピアとして挫折した

「戦後70年」とは三島由紀夫が1970年に45歳で自決してから45年目にあたる年だ(2015年11月25日)


IKEA (イケア) で北欧ライフスタイル気分を楽しむ-デフレ時代の日本に定着したビジネスモデルか?
・・IKEAの日本展開は東京湾岸(ベイエイア)の南船橋から

南極観測船しらせ(現在は SHIRASE 5002 船橋港)に乗船-社会貢献としてのただしいカネの使い方とは?

「マリンフェスタ 2015 in FUNABASHI」 に行ってきた(2015年5月20日)-海上自衛隊の「掃海艦つしま」にはじめて乗船




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2017年8月27日日曜日

NHK海外ドラマ 『女王ヴィクトリア 愛に生きる』(全8回)が面白い(放送:2017年7月30日~9月17日)-18歳で即位してからの4年間を描いた歴史ドラマ

(NHKの番組公式サイトより)


NHK海外ドラマ 『女王ヴィクトリア 愛に生きる』(全8回)が面白い。

1回から3回まで見逃してしまったが、第4回から見ている。4回目はは将来の夫となるアルバート公との再会。5回目はアルバートとの結婚まで。

NHK7による「番組内容紹介」を見ておこう。

女王だって、愛されたい…長きに渡って大帝国を治めたイギリスの女王ヴィクトリアの孤独と愛を描いた歴史ドラマ。1837年、大英帝国が栄華を極めた時代。即位したヴィクトリアは、わずか18歳だった。 父を早くに亡くし、ドイツ人の母の影響で閉鎖的な環境で育ったヴィクトリアは、突然の即位に戸惑いながらも、女王らしく振る舞おうとする。だが、周囲にはなかなか認められず、孤独な思いを深めていく。 やがてヴィクトリアは、運命の男性、アルバートと出会い、恋に落ちる。2人は周囲の大反対を押し切って結婚。しだいに国民の信頼を得る。 主演は「ドクター・フー」で人気を集めた若手俳優ジェナ・コールマン。声を演じるのは、今、大注目の俳優、蓮佛美沙子。吹き替えに初挑戦! 原題:Victoria 制作:2016年 イギリス

このドラマは公共放送のBBC製作ではなく、英国の民放ITVの製作によるものだ。2016年の製作である。

wiikipediaによれば、ITV(Independent Television:独立テレビジョン)は、イギリス最大かつ最古の民間放送局で、1955年9月に放送開始。主に娯楽番組でBBCと競合してきた。法律上は「Channel 3」、とある。


(英国で発売されているDVD)

大英帝国の最盛期は19世紀のヴィクトリア女王の時代1837年に18歳で即位してから、1901年に亡くなるまでの在位はなんと62年間。現在の女王エリザベス二世に記録が破られるまで、英国史上最長の在位期間と長寿を誇った、まさに大英帝国そのものといってよい女王であった。

そしてヴィクトリア女王の時代に、英国では立憲君主制が確立していく。そのプロセスにおいては、女王と議会のあいだでは、さまざまな軋轢や確執があったことは、『ヴィクトリア女王-大英帝国の "戦う女王"』(君塚直隆、中公新書、2007)を参照。

この歴史ドラマは、ヴィクトリアが18歳で女王に即位してから、結婚して出産するまでの4年間を描いている。


女王ヴィクトリアの配偶者となったアルバート公

女王ヴィクトリアの夫になったのアルバート公。

女王ヴィクトリアの母ケント公后の実兄でザクセン=コーブルク公爵エルンストの息子「アルベルト」が、英国王室に入って「アルバート」になる。

女性の視聴者はヴィクトリア女王に感情移入して見るのだろうが、男性としては女王の配偶者となったアルバート公にも関心が向かうだろう。政治の世界であれそれ以外であれ、表舞台に出て活躍する女性の配偶者というポジションに関心が向かうからだ。

英国では現在のエリザベス二世もそうだし、サッチャー元首相などもそうだったが、独身だったわけではない。それぞれハズバンドがおり、子どもを産んでいる。

社会的に活躍する女性の配偶者がいかなる「内助の功」を発揮したのか、しなかったのか。あるいは、いかなる精神的プレッシャーのもとにあって苦悩(?)していたのか、と。

こういう観点からアルバート公にも注目したいのである。英国は、この点にかんして「先進国」であり、アルバート公は先駆的なロールモデルと位置づけることもできるだろう。共和制をとる米国ですら、この事例はいまだに発生していない。


そもそも現在の英国王室の出自はドイツ系

現在の英国王室は、ドイツ北部のハノーファー公国出身のハノーヴァー朝であった。その意味では、配偶者となったアルバート公がドイツ系であったこともなんら不思議ではない。

現在のウィンザー朝に改名されたのは第一次世界大戦に入ってからである。排外的なナショナリズムがエスカレートしていった時代戦争遂行上の観点から国民との一体感を図り、国民との一体感を高める必要が生じたからだ。

第一次世界大戦後に帝国がつぎつぎと解体し王室も消えていく前は、支配者である王室と領土に居住する被支配民とはまったく別個の存在だったのである。


■ヴィクトリア女王は身長150cm(!)と小柄だった

現在の女王エリザベス二世も150cmくらいで小柄だが、女王ヴィクトリアも150cm未満と小柄だったのは歴史的事実だ。

このドラマでも、女王ヴィクトリアを演じている女優のジェンナ・コールマンは身長157cmと比較的小柄で、ヴィクトリア女王を演じるにはふさわしい。

晩年は小柄で太っていたので、英国ではカリカチュアの対象となっていることは、『笑う大英帝国-文化としてのユーモア-』(富山太佳夫、岩波新書、2006)に何枚も掲載さえているカリカチュア(風刺画)でよくわかる。英国では女王も(=国王も)、平気でからかいの対象となる。


日本の戦国時代や幕末を舞台にした「歴史ドラマ」と比べたら、日本人視聴者の関心度合いは低いだろうが、ドラマとしても十分に楽しめる作品だ。英国に関心があれば、なおさら楽しめるだろう。





◆番組放送予定 全8回(内容紹介はNHK公式サイトより)


第1回 「若き女王」(2017年7月30日)
1837年、イギリス国王ウィリアム4世が逝去し、18歳の若き女王ヴィクトリアが誕生する。しかし、その若さゆえに周囲は彼女の能力を不安視する。実の母のケント公妃とその側近コンロイは摂政となることを画策し、女官選びも思うようにはかどらない。そんなヴィクトリアに救いの手を差し伸べたのは首相のメルバーンだった。

第2回 「失えない味方」(2017年8月6日)
ヴィクトリアの唯一の理解者であったメルバーンが、議会で自身が率いる政党の立場が弱くなっていることを理由に首相を辞任する。次の首相候補はピール。しかし、ヴィクトリアはピールのことが気に入らず、王室の支持を得られないピールは組閣を進めることができない。そんなヴィクトリアの振る舞いを見て、周囲は女王の精神状態を不安視し、水面下で権力争いが繰り広げられる。

第3回 「結婚の圧力」(2017年8月13日) 
ヴィクトリアの叔父でベルギー国王のレオポルドがやってくる。甥のアルバートとの縁談を進めるためだった。だがヴィクトリアにその気はない。メルバーンに対する信頼の気持ちが、それ以上のものであることに気づいたからだ。一方、メルバーンにもヴィクトリアを思う気持ちはあるが、自分の年齢や立場を考えると素直に突き進むわけにはいかなかった…。

第4回 「運命の再会」(2017年8月20日) 
コーブルクから、エルンストとアルバートの兄弟が到着。久しぶりに会うアルバートにヴィクトリアは胸をときめかせるが、生真面目で正直者のアルバートは、チヤホヤされることになれきったヴィクトリアを余計な一言で怒らせてばかり。アルバートはヴィクトリアの中にあるメルバーンへの思いにも気づいていた。2人の距離を縮めようとエルンストが尽力する。

第5回 「世紀の結婚」(2017年8月27日) 
ヴィクトリアとアルバートの婚約が決まる。しかし、物事は簡単には進まない。議会ではドイツ人のアルバートに、強い反発の声があがる。さらにアルバートの待遇は保障されておらず、何らかの爵位と年金が欲しいとヴィクトリアに訴える。そのことをいぶかしむヴィクトリアだったが、メルバーンや周囲の人々から叔父たちの年金の使い道を聞いて、ショックを受ける。

第6回 「女王の秘策」(2017年9月3日) 
新婚生活を始めたヴィクトリアとアルバート。しかし宮中ではアルバートの立場が低く見られており、そのことにヴィクトリアは憤慨。それを解消するためにある秘策を思いつく。一方、アルバートは、自分の力を発揮できる場所がないことにいらだちを覚えていた。そんな時、反奴隷制会議での開会スピーチをする機会に恵まれる。

第7回 「波乱の予感」(2017年9月10日) 
ヴィクトリアが懐妊する。しかし、手放しで喜べるわけではなかった。もしヴィクトリアが出産で命を落とし、子が生き残った場合に備えて摂政を任命しなければならない。当然、父となるアルバートを指名したいヴィクトリアと、ドイツ人が国政に関与する可能性に拒絶反応を示す政界。果たして打開策は見つかるのか?

第8回 「出産」(2017年9月17日) 
ヴィクトリアの出産が近づき、宮中に緊張したムードが漂う。さらにハノーバー国王となった叔父カンバーランドが帰国する。出産でヴィクトリアと子が命を落とせば、念願のイギリス国王になれるからだ。周りの心配をよそに、じっとしていられないヴィクトリアは馬車で頻繁に外出をしていた。ある日、女王を歓迎する群衆の中に銃を構える男が…。





PS 大英帝国の絶頂期は「第2次グローバリゼーション」の19世紀

拙著 『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017)の「第5章 「第2次グローバリゼーション」時代と「パックス・ブリタニカ」-19世紀は「植民地帝国」イギリスが主導した」を参照。

王室関連の話題は取り上げていないが、社会史的な側面から大英帝国と植民地インド、そして日本を含めた全世界に与えた影響について書いてある。

大英帝国が覇権を握っていた時代である「第5章」の目次を掲載しておこう。太字ゴチックが大英帝国に直接関係している事項である。

1 大英帝国が世界を一体化した
2 「交通革命」と「情報通信革命」で地球が劇的に縮小
3 大英帝国内の大規模な人口移動
4 帝国主義国による「中国分割」と「アフリカ分割」
5 英米アングロサクソンの枠組みでつくられた「近代日本」
6 「西欧近代」に「同化」したユダヤ人とロスチャイルド家
7 「産業革命」は人類史における「第二の波」
8 「ナポレオン戦争」が「近代化」を促進した
9 「フランス革命」で「ネーション・ステート」(=民族国家・国民国家)と「ナショナリズム」は「モデル化」された
10 「アメリカ独立」は、なぜ「革命」なのか?





<ブログ内関連記事>

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本

書評 『大英帝国の異端児たち(日経プレミアシリーズ)』(越智道雄、日本経済新聞出版社、2009)-文化多元主義の多民族国家・英国のダイナミズムのカギは何か?

書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」

映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた

ダイアナ元妃の悲劇的な事故死(1997年8月31日)から20年-神に愛された人は早死にし、永遠に生き続ける




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2017年8月22日火曜日

書評 『崩壊 朝日新聞』(長谷川 熙、WAC、2015)-徹底した取材によって「悪しき企業風土」がはびこる報道機関の謎を探った歴史ノンフィクション


『崩壊 朝日新聞』(長谷川 熙、WAC、2015)を読んだ。このタイトルでこの出版社だと内容はだいたい推測できると思うが、じつは著者は朝日新聞の「中の人」であった

長谷川氏は、1933年生まれの「老ジャーナリスト」と帯のウラにある。定年まで朝日新聞の記者で、その後『AERA』を経て現在フリーの記者。この本を書くために『AERA』を辞めたのだという。

だいぶ以前だが、『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(朝日新書、2009)という本を読んで、アメリカの責任を問うだけでなく、返す刀で日本政府も批判する硬派な姿勢に感心したこともあり、長谷川熙(はせがわ・ひろし)という著者の名前がアタマのなかに刻まれたのである。

「慰安婦問題」がいっこうに解消しない。政府間で解決したはずの問題が、ふたたび韓国政府によって蒸し返されている。こんな状況を前にしたら、ハードコアの「嫌韓派」ではなくてもウンザリしてしまうだろう。

そもそもその原因をつくりだしたのが朝日新聞の「虚報」であることは、いまや周知のことだろう。当の朝日新聞も「虚偽報道」であったことは2014年に認めたが、著者はその件にかんする「特集」が掲載された2014年8月5日をもって朝日新聞は崩壊した、新聞としての実質は最終的に終わったと断言する。

「虚報」を掲載し、長年にわたって「虚偽」を否定せず、歴史を「捏造」してきた朝日新聞社の体質がいかに形成されてきたのか、その原因を取材する著者は、「中の人」であった強みを活かして本書を書き上げた。外からする批判のための批判ではない

企業風土や企業体質は一朝一夕にできあがらない。それは良い企業風土であっても、悪しき企業風土であっても同じことだ。歴史的な蓄積が企業風土に反映する。人間は習慣の奴隷であり、人間が構成する組織もまた無意識のうちに習慣の奴隷となる。だからこそ、企業風土を変えるのはきわめてむずかしい。

朝日新聞社の場合も、「戦後」になってから共産主義シンパが経営者として牛耳ってきただけでなく、「戦前・戦中」の「ゾルゲ事件」でソ連のスパイとして逮捕・処刑された尾崎秀実(おざき・ほつみ)に連なるものであることを追求している。コミンテルンの関与である。一級の知識人であった尾崎秀実は元朝日新聞記者であった。

 「現在」を知るためには「過去」にさかのぼって検証しなくてはならない。本書の後半は、ほとんど歴史ノンフィクションのような趣(おもむき)をもっている。日本近現代史ものを読んでいるような感想をもちながら読み込んでしまう。それは、植民地支配や戦争をつうじたアジアとのかかわりでもある。

 「目次」の文言をみれば、どんな本であるか理解できると思う。わたしにとっては、第2部の第2章がとくに興味深いものであった。『毛沢東 日本軍と共謀した男』(遠藤誉、新潮新書、2015)と響き合うものがある。中国国民党を叩くことは中国共産党の利益となり、ひいてはコミンテルンを指導したソ連の利益になるという構図が重なり合う。

第1部 過去を「悪」と見る条件反射
 第1章 吉田清治を称えた論説委員
 第2章 マレー半島「虐殺報道」の虚実
 第3章 松井やよりの錯誤
第2部 視野が狭くなる伝統
 第1章 朝日にたなびくマルクス主義
 第2章 尾崎秀実の支那撃滅論の目的
第3部 方向感覚喪失の百年
 第1章 歴史を読み誤り続けて
 第2章 一閃の光、そして闇

もちろん、朝日新聞にもまともな記者はいる。それは過去においても現在においても同様だろう。だが、悪しき企業体質をもつ組織のなかで正気を保つのは容易なことではない。会社勤めをして組織の「中の人」になった経験をもっている人なら、感覚的に理解できるはずだ。

おそらく、大半の社員は易きに流され、悪しい企業体質に染まってまうのではないか。組織は「世間」であり、そこには「空気」が醸成される。空気に染まること、それはいわゆる「事なかれ主義」である。さらには、そのことに自覚症状もなくなっていく。「大企業病」である。

本書からむりに教訓を見いだすことは必要ないが、朝日新聞社の百年に蓄積された病巣を振り返ることは、悪しき企業体質がいかに形成されていくかについてのケーススタディーとして読むことも可能だろう。朝日新聞のケースは、報道機関であるだけに、よけい罪が重いということは明記しておかねばならない。

朝日新聞社にかんしては、批判のための批判ではなく「他山の石」としなくてはならない。かつて一度たりとも朝日新聞を購読したことのないわたしは、そう思うのである。





著者プロフィール   

長谷川煕(はせがわ・ひろし)

ジャーナリスト。1933年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学専攻卒。1961年に朝日新聞社入社。88年初めまで経済部など新聞の部門で取材、執筆し、次いで、創刊の週刊誌『AERA』に異動。93年に定年退社したが、その後もフリーの社外筆者などとして『AERA』で取材、執筆を2014年8月まで続ける。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

朝日新聞の慰安婦虚報は 日本にどれだけの実害を与えたのか デマ報道を基に米国で繰り広げられた反日活動 (古森義久、JBPress、2014年8月20日)

(2017年8月29日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

書評 『アメリカに問う大東亜戦争の責任』(長谷川 煕、朝日新書、2007)-「勝者」すら「歴史の裁き」から逃れることはできない


■報道機関の宿痾

書評 『官報複合体-権力と一体化する新聞の大罪-』(牧野 洋、講談社、2012)-「官報複合体」とは読んで字の如く「官報」そのものだ!
・・「新聞社であれ、テレビ局であれ、個々の記者たちに問題意識がないというわけではない。「個」としての記者には良心もあれば、気概もあるはずだ。だが、日本人は見えない「世間」という縛りのなかで生きているので、ついつい組織の意向に同調していまいがちだ。著者の牧野氏もまた、日本経済新聞社のなかにいるときは、言いたいことがいえない、書いた記事がそのまま掲載されないという悔しさを感じ続けていたようだ。「世間」が支配する日本においては、新聞記者は組織の外に出ない限り、存分に活動することはできないのである。一人でも多くの新聞社社員が「脱藩」して、本来の意味のジャーナリストになってほしいものだ。」  この本の著者の牧野氏は日本経済新聞の記者であった

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?
・・新聞社という企業組織もまた「世間」であり、充満する「空気」に抗うことはむずかしい

『報道災害【原発編】-事実を伝えないメディアの大罪-』 (上杉 隆/ 烏賀陽弘道、幻冬舎新書、2011)-「メディア幻想」は一日も早く捨てることだ!

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる

書評 『ウィキリークスの衝撃-世界を揺るがす機密漏洩の正体-』(菅原 出、日経BP社、2011)-「無極性時代のパワー」であるウィキリークスと創始者アサンジは「時代の申し子」だ


■「戦後」の日本に蔓延したマルクス主義という害悪

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論
・・ソ連が崩壊するまで、いや崩壊してもなお現実を見ようとしないマルクス主義者が日本の大学には亡霊のように徘徊して害毒をまき散らしている

書評 『全体主義と闘った男 河合栄治郎』(湯浅博、産経新聞出版、2016)-左右両翼の全体主義と戦った「戦闘的自由主義者」と戦後につながるその系譜

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!


日本近現代史とアジア

「脱亜論」(福澤諭吉)が発表から130年(2015年3月16日)-東アジアの国際環境の厳しさが「脱亜論」を甦らせた

書評 『陰謀史観』(秦 郁彦、新潮新書、2012)-日本近現代史にはびこる「陰謀史観」をプロの歴史家が徹底解剖

書評 『悪韓論』(室谷克実、新潮新書、2013)-この本を読んでから韓国について語るべし!

書評 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(古田博司、WAC、2014)-フツーの日本人が感じている「実感」を韓国研究40年の著者が明快に裏付ける





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2017年8月21日月曜日

『ぼくたちのアニメ史』(辻真先、岩波ジュニア新書、2008)でTVアニメ草創期からのアニメ史を知る


1960年代から1970年代前半にかけてのTVアニメについて知りたいと思うのだが、これといった手頃な本がない。

なぜ知りたいかというと、物心ついてからの「テレビっ子世代」のわたしは、TVアニメ(・・当時は「テレビまんが」といっていた)の世界にどっぷり浸かっていたから。白黒テレビの時代からである。

YouTubeのおかげで、当時のTVアニメ作品の主題歌、いわゆるアニソンが「OP」(=オープニング)もED(=エンディング)もともに、簡単に無料で視聴できるようになったのはありがたいのだが、クレジット情報以外を知るのが難しく、体系的に整理するのが困難なのだ。

なんか手頃で参考になる本がないか探してみたところ、『ぼくたちのアニメ史』(辻真先、岩波ジュニア新書、2008)があることを知り読んでみた。

この本は面白い。ひじょうに面白い。草創期のアニメ製作に脚本家として多くの作品にかかわってきたのが辻真先氏だからだ。

現在では作家としてのほうが有名だが、草創期のアニメ作品には、「脚本:辻真先」というクレジットを目にすることが多いので「語り部」としては最適だろう。

脚本家としての立ち位置と距離感もいい。「ぼくたちの・・」というタイトルには、読者だけでなく著者も含まれている。

TVアニメに触れずしてアニメを語るべきではないという姿勢には大いに共感する。なぜなら、わたし自身が、TVアニメで自己形成(?)した初期世代に属しているから。人生で重要なことはTVアニメで学んだから。

といっても、わたしはアニメは好きだが、いわゆるオタクではない。オタクではなくても、アニメは自己形成において大きな意味をもつのである。




目 次
  
はじめにお断りします
1 くも も人形も CMも アニメなのだ
2 十万馬力のショックが電波を走る
3 豪快か蛮勇か東京ムービーがゆく
4 企業としての東映のレパートリー
5 三つのブームがアニメを導く先は
6 エイケン・シンエイ・竜の子たち
7 宮崎トトロと大友アキラの進む道
8 テレビアニメ制作プロを薮にらみ
おわりに付け足します


著者プロフィール  

辻真先(つじ・まさき)
1932年愛知県生まれ。名古屋大学文学部卒業。NHKで番組制作・演出にたずさわった後に独立、アニメ脚本家として活躍。『鉄腕アトム』『デビルマン』をはじめ、数多くのアニメ作品の脚本を執筆し、日本アニメを黎明期から支えてきた。また推理冒険作家、旅行評論家、エッセイストとしても数々の作品を発表している。主な著作に『アリスの国の殺人』。(日本推理作家協会賞受賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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2017年8月20日日曜日

『ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで』(東京・渋谷 Bunkamuraミュージアム)にいってきた(2017年8月16日)-ベルギー美術の500年を通観し知的好奇心を刺激する美術展



美術展 『ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで』にいってきた(2017年8月4日)。東京・渋谷の Bunkamura にて。

Bunkamura の美術館はテーマ性の強い美術展をよく開催しているが、今回の美術展はベルギーにおいては現代にまで続く「奇想」の系譜を16世紀のヒエロニムス・ボスからたどってみるという、知的好奇心を大いに刺激してくれる内容だ。

大学時代に河村錠一郎教授の「美術史」の授業を受講して以来、ヒエロニムス・ボスも、ベルギー象徴派も大好きなわたしにとって、これは絶対にいかなくてはならない美術展なのだ。

まずは、美術展の主催者によるイントロダクションをそのまま引用させていただくこととしよう。短い文章に凝縮された内容の解説は、そのままベルギー美術史入門になっている。

500年の美術の旅-古今のスター作家が勢揃い現在のベルギーとその周辺地域では、中世末期からの写実主義の伝統の上に、空想でしかありえない事物を視覚化した絵画が発展しました。しかし18世紀、自然科学の発達と啓蒙思想がヨーロッパを席巻するなか、不可解なものは解明されてゆき、心の闇に光が当てられるようになります。
かつての幻想美術の伝統が引き継がれるのは、産業革命後の19世紀、人間疎外、逃避願望を背景とした象徴主義においてでした。画家たちは夢や無意識の世界にも価値を見出し、今日もこの地域の芸術に強い個性と独自性を与えつづけています。
本展では、この地域において幻想的な世界を作り出した一連の流れを、ボス派やブリューゲルなどの15・16世紀のフランドル絵画に始まり、象徴派のクノップフ、アンソール、シュルレアリストのマグリット、デルヴォー、そして現代のヤン・ファーブルまで、総勢30名の作家によるおよそ500年にわたる「奇想」ともいえる系譜を、約120点の国内外の優れたコレクションでたどります。

3つのパートにわかれた構成になっている。


Ⅰ. 15~17世紀のフランドル美術Ⅱ. 19世紀末から20世紀初頭のベルギー象徴派、表現主義Ⅲ. 20世紀のシュルレアリスムから現代まで


ⅡとⅢは連続しているが、ⅠとⅡのあいだはすこし時間があいているのは、上記の解説文のとおりだ。「奇想」は19世紀以降、ふたたび蘇ったのである。

以下、つれづれに感想を記しておく。あくまでも独断と偏見に満ちた個人的な感想だ。

(上掲の「トゥヌグダルスの幻視」の図解 作品リストより)


「聖アントニウスの誘惑」というテーマ

「聖アントニウスの誘惑」というモチーフが、何度もでてくるが、よほどフランドルでは気に入られたテーマのようだ。

奇妙キテレツな怪物たちが、瞑想修行をする隠修士の聖アントニウスに次から次へと襲いかかってくるというモチーフだ。聖アントニウスは、紀元3世紀から4世紀にかけての人物。エジプトに生まれ、砂漠で修道生活を送った修道士の元祖的存在。

瞑想しているとさまざまな妄念になやされるが、その妄念が実体化すると怪物となる。怪物たちを写実的に描写したのはヒエロニムス・ボス以来のものもである。
  
現代人からみれば、むしろ「かわいい」(?)という感じさえしなくもないのだが、16世紀当時の人びとはどう感じたのだろうか? もはや中世人のようなとらえ方ではないだろう。

フランスの文豪フローベールに『聖アントワーヌの誘惑』という作品がある。19世紀にこのモチーフが蘇ったのはそういう背景もあるのだろか。ちなみに、おなじくフローベールの『三つの話』(トロワ・コント)の一篇は「サロメ」である。こちらはオスカー・ワイルドとビアズリーに影響している。さらには映画『愛の嵐』(ナイト・ポーター)にもサロメが所望した生首のモチーフが登場する。

ヒエロニムス・ボスの作品はあらためてよく眺めてみると、シンガポールのハウパー・ヴィラ(=タイガーバーム・ガーデン)を想起させるものがある。その心は何かというと、怪物たちがみなキッチュだということだ。

ハウパーヴィラに展開された想像力は、前近代の世界が近代と接触した際に生まれたものだ。21世紀の現在からみると、レトロキッチュ(?)ともいうべきか。

16世紀の西欧人と、20世紀の華人の想像力の奇妙な近似性を感じてしまうのはわたしだけだろうか。


■隣接するプロテスタント国オランダとの違い

フランドル地方はフラマン語地帯で、フラマン語は言語的にはオランダ語に近い。

だが、宗教改革後にプロテスタント圏となった低地のネーデルラント(=オランダ王国)に対して、フランドル地方はカトリック圏にとどまった。オランドとフランドルとの違いは、プロテスタントとカトリックの違いでもある。

装飾を徹底的に排除した簡素をたっとぶプロテスタントに対して、過剰なまでの装飾を強調したカトリック圏のバロック美術。後者に、「奇想」の系譜が温存されたのは、ある意味では当然かもしれない。

今回の美術展にはバロック画家のルーベンスの作品も展示されており、「奇想」がカトリック圏ならではのものであることもわかる。生活世界を描いたフェルメール作品を生み出したオランダには、イマジネーションを刺激する「奇想」は発生する余地がないのかもしれない。

現在のベルギーは、フラマン系とフランス系という異なる二民族が人工的に結合して誕生した王国だ。1830年のことである。おなじカトリック圏ということで合体したのだが、現在に至るまで人工国家とての性格は消えてなくならない。ゲルマン系のフラマン語とラテン系のフランス語の違いは、言語だけでなく文化にも及ぶ。

21世紀にはテロの温床にもなっているベルギーは、政治的には不安定だが、文化面では先進的である。二つの異なる文化圏が隣り合わせに存在するベルギーは、異種混合のメリットもあるのだろうか。


「ベルギー象徴派」とシュールレアリスム

ベルギー象徴派は、英国のラファエル前派とならんで、わたしのお気に入りである。じっさい前者は後者の影響を受けているようだ。

今回も、ベルギー象徴派を代表するロップス、クノップフ、デルヴィルの作品が数点づつ展示されているのはうれしいことだ。いずれも「世紀末」にふさわしい作品の数々である。

ベルギーのシュールレアリスムには、デルヴォーやマグリットがある。デルヴォーは古典的な静謐な背景に裸女と骸骨といったイメージの作風、マグリットはコラージュ風の作品で有名である。

今回の美術展には、マグリットの代表作である「大家族」が展示されているのはうれしい。海辺で大きな鳩の画像が描かれている作品だ。


■「奇想の系譜」の楽しみ方

「奇想」と「幻想」は、厳密にいえば異なるカテゴリーなのだが、この両者はときに交錯しあい、不思議な雰囲気を生み出している。

「奇想」はどちらかというとアタマの産物でありアタマで楽しむ要素が強い。「幻想」は基本的にココロに訴求する要素が強い。

だが、「奇想」と「幻想」はかならずしも厳密に区分できるものでもない。アタマから生まれた産物をココロで楽しむ、そん雰囲気に浸る。そういう楽しみ方であって、なんら問題はないだろう。

「奇想の系譜」は美術史のテーマであるように見えながら、そう堅苦しい思いをする必要はない。要は、自分の好みの作品を見つけて、ひそかに悦に入れば、それでいい








<ブログ内関連記事>

■「奇想の系譜」と「幻想絵画」

「アルチンボルド展」(国立西洋美術館・上野)にいってきた(2017年7月7日)-16世紀「マニエリスム」の時代を知的探検する

「チューリヒ美術館展-印象派からシュルレアリスムまで-」(国立新美術館)にいってきた(2014年11月26日)-チューリヒ美術館は、もっている!

「幻想耽美-現在進行形のジャパニーズエロチシズム-」(Bunkamura ギャラリー)に行ってきた(2015年6月18日)-現代日本の耽美派アーティストたちの作品を楽しむ

米倉斉加年画伯の死を悼む-角川文庫から1980年代に出版された夢野久作作品群の装画コレクションより


■「美食大国」としてのベルギー

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

書評 『ターゲット-ゴディバはなぜ売上2倍を5年間で達成したのか?-』(ジェローム・シュシャン、高橋書店、2016)-日本との出会い、弓道からの学びをビジネスに活かしてきたフランス人社長が語る




■華人世界の「奇想の系譜」

書評 『HELL <地獄の歩き方> タイランド編』 (都築響一、洋泉社、2010)-極彩色によるタイの「地獄庭園」めぐり写真集

華人世界シンガポールの「ハウ・パー・ヴィラ」にも登場する孫悟空-2016年の干支はサル ③

(ハウパーヴィラにはこんなモチーフの展示物が多数 筆者撮影)



ベルギーとは異なる道を歩んだオランダ

「フェルメールからのラブレター展」にいってみた(東京・渋谷 Bunkamuraミュージアム)-17世紀オランダは世界経済の一つの中心となり文字を書くのが流行だった

上野公園でフェルメールの「はしご」-東京都立美術館と国立西洋美術館で開催中の美術展の目玉は「真珠の●飾りの少女」二点

「ルーヴル美術館展 日常を描く-風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄-」(国立新美術館)に行ってきた(2015年5月6日)-展示の目玉はフェルメールの「天文学者」





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